KEIさん
独身時代にメルボルンに渡り、現地で写真家として活躍していた夫と出会って結婚。80年代終わりには、夫婦で日本に帰国。日豪両国で気に入った物件を見つけては自分たち好みに手を加え、転々と移り住む。インテリアだけでなく、アート、料理、音楽などさまざまなモノ・コトにも造詣が深く、写真家としても活躍するモデル琉花さんの母。
家づくりの経験がある人だからこそ思い描く、さらなる理想の家と暮らし。「次に作るならこんな家」をテーマに、これまで培ったノウハウに基づいた憧れを語ってもらいます。次々と湧き上がる妄想から、素敵な家づくりのヒントが見えてくるかも。
今回のゲストは、千葉の一軒家で愛犬と仲良く暮らすKEIさん。 モデル琉花さんのお母さんで、亡き夫とともにセルフリノベーションを繰り返しながら、国内外問わずその時どきでベストな地へと移り住んできました。現在住む家はなんと6軒目。ユニークな家へのアイデアを持つKEIさんに、夫や琉花さんとの思い出と、2軒目ならぬ7軒目の妄想を伺います。
独身時代にメルボルンに渡り、現地で写真家として活躍していた夫と出会って結婚。80年代終わりには、夫婦で日本に帰国。日豪両国で気に入った物件を見つけては自分たち好みに手を加え、転々と移り住む。インテリアだけでなく、アート、料理、音楽などさまざまなモノ・コトにも造詣が深く、写真家としても活躍するモデル琉花さんの母。
都心から車を走らせること約1時間半、ほのかに潮の薫りがする家で、KEIさんは愛犬のマックスと暮らしています。
これまでにメルボルン、東京、千葉と気ままに住まいを変えてきたというKEIさん。娘の琉花さんが誕生するずっと前、20代の頃から、オーストラリア人の夫とともに人の手が行き届かなくなった物件を見つけては、自分たちの手でリノベーションをして生活をするのが常だったそう。「私たちの暮らし方は、言ってみれば不動産バックパッカーですね。次の国を目指す感覚で、常に新しい物件に移動してきました」
KEIさんは散歩中に打ち捨てられた空き家を見かけると、気になってしまうと言います。「人が住まない家は劣化が早いですよね。全部の家は無理ですけれど、海に歩いて行けるとか、家からの景色が良いとか、おもしろいな、と思った家はとりあえず買っています。家マニアなんだと思います。すべての家には住めないので人に住んでもらっている、といったイメージです」
今のご自宅は、4年ほど前に購入したもの。内見時には中は泥ドロで、1階の一部は床が抜けてシダがジャングルのように生い茂る有り様だったそう。けれど、廃墟に限りなく近いその空き家に出合った瞬間、おもしろそう! とすぐ購入を決めたと話します。
「70年代頃に建てられた木造の家は、天井も高くて、抜け感が作れるので好きです。80年代以降に建てられたきれいな家は、手入れをする場所がないので、住んでいるうちに飽きるし、窮屈になっちゃう」
この家に移り住んでから今日まで、毎日少しずつ自分たちにフィットするかたちに手を加え、今ではかつての様子が想像もできないほど気持ちがいい家に。「夫婦共通の好みは、無機質なウェアハウス(倉庫)スタイル。無理に作り込んだり壊したりするのではなく、あるものを最大限に活かして、生活しやすくカスタマイズしていく感じです」
ウェアハウス好きの原点は、高校生のときに偶然観た映画『フラッシュダンス』。倉庫に住む主人公の暮らしぶりに衝撃を受けたことを、今も覚えているそう。その憧れは、それから数年後、KEIさんがメルボルンに渡ったときに現実になります。「当時、夫を含むアーティストらが改造した倉庫で生活をしていて、運よく自分もシェアさせてもらうことになりました。そこで暮らすあいだは、まさにパーティ三昧の刺激的な日々を過ごしました」
最初のウェアハウスを出て、夫と帰国した後も、家族とのバカンス用にメルボルンにキャラバン(移動可能な家)を購入したり、西新宿の廃れたビルをリノベーションして暮らしたりと、思うままに移動と家づくりを行ってきたと言うKEIさん。
けれど、月日が流れるほど、最初に暮らした倉庫暮らしの記憶が蘇り、かねてより「次に建てるなら倉庫がいい」と次の家づくりへの想いを募らせていたとのこと。
KEIさんが新たに思い描く家は、うっそうと木々に囲まれた地に建つ、ミニマムな箱。「人里離れた千葉の奥地に、80平米……なんなら60平米ぐらいの古い倉庫のような建物を建てたいですね。そしてリビングの真ん中にはアップライトピアノをぽんっと置きたい。ライブに行く代わりに好きなミュージシャンに自宅に来てもらって、好きなソファや椅子に自由に腰掛けて、誰にも気兼ねすることなく音を楽しめたら最高です」
ピアノ以外にかならず欲しいのは、小さくてモダンなキッチン、訪れた人たちに料理をふるまうアイランドテーブル、自分のための寝室。そしてロフトには、琉花さんやオーストラリアに住む甥姪たちのためのゲストルームをひと部屋。
「私がイメージしている箱に近いな、と思って最近よく見ているのが、ZERO-CUBE®︎という家のホームページです。外観が本当にシンプルで、無駄がない。日本の家づくりってなぜか堅苦しくなりがちですが、もっと思いのままに、それぞれが自由に楽しんでいいと思いますね」
料理上手でありながら、大きなシステムキッチンを好まないこともあって、KEIさんが理想とするオーブンは、外での調理ができるアウトドア用のもの。それを、大きなガラス張りの窓一枚だけで隔てた外に置いて、仲間たちとバーベキューをしながら美味しい料理を囲みたいと話します。
家の床は無垢材で、経年劣化によって美しく変わっていくものを。素材選びひとつをとって見ても、「新しいものより古いものに惹かれる」と言うKEIさんの家づくりのセオリーを知ることができます。
古いものと暮らす美学は、琉花さんとも共通していて、その原点にはシドニーでインテリアデザイナーを営むKEIさんのお義姉さんの存在があるそう。「義姉は、築80年以上のタウンハウスをリノベーションしたり、70年代の船を直して別荘代わりにしています。そのどれもがゆるさがあるのにモダンで、アイランドテーブルや窓の造りなど、部分的にも憧れる部分が大きいですね」
これまでに購入した6軒すべてに「愛着はあっても執着はない」と、KEIさん。今回の理想の7軒目は、学生時代の憧れとメルボルンでの記憶がにじむウェアハウスでしたが、その夢が実現したとしても、また持ち前のバックパッカー精神で、次の家へと想いを巡らせるのでしょう。
「将来は、機会があればもう一度海外に渡りたいし、更地から家を建てる経験もしてみたい。田舎暮らしも気に入っていますが、東京も好きなのでまたいつか住みたいとも思います」。KEIさんお手製のチョコレートケーキを囲んで、琉花さんとともに聞くKEIさんの家づくりの話は、まだまだ終わりがないようです。
Photography/原田教正 Text/白﨑寛子 Illustration/Yunosuke Special Thanks/琉花(étrenne)