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温泉旅館,由縁別邸代田 DATE 2021.06.01

真似したくなる、空間のアイデア -由縁別邸 代田編-

東京都世田谷区。古くからの住宅街を継承するように建てられた2階建ての温泉旅館は、駅から徒歩30秒の立地にあります。電車を利用する通勤客や学生、近所の住人が行き交う日常の場所にありながら、心地よい非日常を演出。そして、リラックス感をつくりだすために、様々な仕掛けが施されています。その秘密を「由縁別邸 代田」の企画、設計を担当したUDSの高宮大輔さんに聞きました。
由縁別邸 代田

東京都世田谷区代田2-31-26
tel.03-5431-3101
全35室 1泊1部屋¥25,000〜
小田急線・下北沢駅 南西口より徒歩8分
小田急線・世田谷代田駅 東口改札前より徒歩30秒
温泉利用の日帰りプランもあり(要予約)
HP

鉄道線路跡にできた、都心の温泉旅館

都心にありながら、門をくぐると非日常の空間へと誘われる。

東京と神奈川を結ぶ私鉄・小田急線の世田谷代田駅、下北沢駅、東北沢駅間をつなぐ開発プロジェクトの一つとして誕生した温泉旅館「由縁別邸 代田」。線路の地中化にともない地上に新しくできた土地に建てられ、周囲には緑豊かな住宅街が広がっています。この、まるで古いお屋敷のような温泉旅館を、高宮大輔さんが案内してくれました。

近所の人々も行き来する道沿いには、在来種の樹木がふんだんに植えられている。

「この辺りはもともと茶畑で、昔ながらのお屋敷や屋敷林と呼ばれる素敵な庭がまちなかに残っています。そこで、その屋敷を参考に建物のプランを考えました。また、最寄り駅は世田谷代田なのですが、たくさんの店があり、利便性がいいのは隣の下北沢駅。そこから歩いて8分という距離は散策にもちょうどいいし、ここを拠点にすれば、一帯の街全体が楽しめると思います」

客室は全35室。一部屋の広さは19㎡〜24㎡(離れのレジデンシャルスイートは51㎡)とミニマルではあるが、寛ぐのに十分なファシリティが揃っている。

歴史的・現代的な和が交わる空間

表の通りから門をくぐって旅館の入り口に行くまでの、軒のあるアプローチ。

この土地にはかっちりしたモダンなホテルよりも落ち着いた趣きが合うと、旅館という和の滞在を提案。日本古来の手法を採用しながら現代的にアレンジすることで、歴史を継承しつつ、今の感覚に調和する空間を作り出しました。

「例えば、外から門をくぐって中に入ると光が段々と影を作っていきます。それは、旅館の入り口にたどり着くまでのアプローチに和のコードである軒をしつらえているから。軒と塀の間の隙間から光が差し込むことで、奥行き感が生まれます。光や高さに抑揚をつけると、空間が豊かになります

IDEA1:内と外をつなげる、景を楽しむ

旅館の入り口を入ったロビーの奥に大きな石を配した中庭が目に入る。室内の照度を抑えて、庭の存在感を強調。

「由縁別邸 代田」で使われている主な素材は石と木。なかでも中庭などに配された大きな庭石や、ロビーに飾られた花が置かれた庭石などは、計画地と同じ世田谷のお屋敷を解体した際に譲り受けたものを使用しています。

「築100年を超えたお屋敷から立派な石を譲り受けたので、それをどう活かそうか考えた結果、入り口を入った正面に大きな石が印象的な中庭をしつらえました。なので、ロビーはその景を楽しんでいただくため、できるだけシンプルな空間にまとめています。さらに、照明の照度も落として中庭をより引き立てています」

客室フロアの回廊する廊下の突き当たりにも中庭を路地のような雰囲気に。

この景を作る手法は、住宅の玄関などにも応用可能。花や小石、小枝などを飾り、外の風景の続きのように家の中にも小さな自然を作ったり、お香やキャンドルなどで香りを漂わせたり。その景に光があたるよう照明を配するなど、たとえわずかなスペースでもアイデア次第でいろいろと楽しめ、ゲストを迎える際のおもてなしにもなります。

IDEA2:身体感覚で空間を仕切る

門を入って入り口までのアプローチには古屋敷から譲り受けた都電の敷石を使用。

さらに「由縁別邸 代田」の中を歩いていると不思議な感覚を覚えます。それは靴を履いていても伝わる床の感触です。外のアスファルトから門をくぐると、かつて東京を走っていた路面電車の石が敷かれ、ゴツゴツした足触りに。そして、建物の入り口を入るとデコボコはしているものの少しだけ滑らかな感触の石材に変わります。そして、客室は削り痕をあえて残した、なぐり加工が施された板間と畳で構成され、身体感覚によって場面の移り変わりを体感することができます。

入り口を入ると目地のない床石へと切り替わる。

「旅館に来た、というのを視覚だけでなく触感でも感じていただきたいと思ったんです。空間においては見た目も大事ですが、感覚値も大事。無意識のうちに感じることも体験となって記憶に残ります」

客室は畳と板間に。ナラ材の板間には木の削り痕を残したなぐり加工が施され、独特の足触りを感じる。

家を考える際でもすべてを同じ床材にするのではなく、少しずつ足触りを変えてみると、空間をゆるやかに仕切ることができます。そして、体の記憶によって場所に対する思い出もより深く豊かなものになっていきます。材を変えるのが難しければ、ラグを敷くだけでも変化がつくので、ぜひ試してみたいアイデアです。

IDEA 3: サイズを統一する

ロビーや併設する「割烹 月かげ」の欄間の格子は15mmのサイズで統一されている。

しかし、伝統的な日本家屋の意匠をそのまま踏襲すると、レプリカのように見えてしまうことも。
「本当に歴史のある旅館や建物は全国にたくさんあるので、そのまま倣うと本物感が若干削がれてしまいます。なので、現代的なサイズ感を取り入れることを意識しました。例えば格子の幅も普通ならば23-35mm程度のところを15mm程度と細いものにしています。線を細くすることで空間がモダンな印象になります

和のコードを用いながらもスマートに感じるのは、基準となる寸法を統一しているから。さらに、複数の細い線が作り出す陰影もデザインの特徴の一つになっています。

「マニアックではありますが、寸法関係を丁寧にすると“らしさ”が出ます。なので、この手法は和風建築だけでなく、洋風建築にも適応するんです。用途に合わせたサイズをうまく捉えれば、デザインと機能の両方を大事にすることができます」

IDEA 4: 家具も建物と一緒に考える

また、客室にある家具のほとんどはオリジナルで設計。建物と家具を別々にではなく同時に企画することで、より居心地のいい空間を作り出せます。これは、住宅作りのお手本にもなる考え方。

広縁との境には光を通しながら仕切れる、簾戸をつけた。

「客室は居場所となる場所の快適さを優先した造りにしています。椅子はメゾネットタイプ以外の部屋には通常より150mmほど低めのものを置いています。一般的な高さにすると圧迫感が出てしまうので、立ちやすく座りやすい高さを研究しました。ベッドも同様に既成より100mmほど低く、使い勝手はベッドだけど雰囲気は布団というサイズを追究しました。また、建具も大事。寝室と広縁の間は障子で仕切ることが多いのですが、それだと光は通しても狭く感じてしまう。そこで、スダレによる扉、簾戸(すど)を作って設置しました」

メゾネットタイプの客室。クローゼットはないが日本家屋の長押に想を得た横木をつけている。水場も部屋の中に。

「メゾネットは、日本の住宅様式からの発想です。下階は四畳半の茶室サイズ、上階が寝室になっています。クローゼットは基本的に隠すものですが、日本には長押(なげし)という素晴らしい文化があるので、それを活用して15mmの細さの長押を作りました。また水場もポイントの一つ。家具の延長のようにしつらえとして、居室の一部として魅せる洗面台としています」

住宅で洗面台を外に出すことはあまりありませんが、実はけっこう便利なアイデア。トイレと洗面台とお風呂では滞在時間と頻度がかなり異なります。それをワンルームにしてしまうと、頻度が違うはずなのに家族間で使う時間帯が被ってしまうことも。配置や見せ方を工夫すれば、水回りはもっと快適に使えるはず。洗面台を室内にも作る仕様は、これからの住宅のスタンダードになっていく可能性も。

併設されている「茶寮 月かげ」。ここも大きな石がインテリアのアクセントに。

駅近なのに非日常感が味わえ、一歩中に入ると贅沢な別世界へと連れていってくれる「由縁別邸 代田」。無意識のうちに心地いいと感じる理由には、できあがった瞬間が一番いいのではなく、経年することでさらに良くなっていく素材選びやサイズ感といった、細かな部分まで考え抜かれたデザインにあります。そして、そこには住宅に引用できるヒントもいっぱい。ぜひ参考にしてみてください。

Photograph/川村恵理 Text/三宅和歌子