Dolive Doliveってなに?

鰤岡力也, MOBLEY WORKS DATE 2021.08.17

強い思いさえあれば、作れないものはない。
家具職人がこだわり抜いた、中古一軒家のリノベーション。

「視界に入るすべての要素に納得がいく空間に暮らしたい」。そんな強い思いで、築約70年の一軒家のほぼすべての内装をDIYした家具職人・鰤岡力也さんの住まい。プロの人のDIYだなんて自分とはかけ離れすぎていて……と身構えなくて大丈夫。リノベーションに生かせるヒントや空間を洗練させていくコツを、鰤岡さんが惜しげもなく教えてくださいました。

家づくりの方程式
広大な裏山つき・築70年超の一軒家
筋金入りの
アメリカンスタイル
知識と実績のある家具職人

東京の西の外れあたり。大きな住宅街を抜けてさらにしばらく行くと、両脇に田畑の広がる里山の景色が見えてきます。「MOBLEY WORKS」として店舗や住宅のインテリアデザインや家具製作を手がける鰤岡力也さんと、焼き菓子ブランド「WOLD PASTRIES」を主宰する妻・和子さん、一人娘の3人家族が住むのはこのゆったりとした景色の中。築約70年の一軒家をフルリノベーションした家です。

若い頃からアメリカのカルチャーに魅入られ、家具やインテリアの世界で造詣を深めてきた鰤岡さん。時間をかけて培ってきたセンスと知識を総動員して、アメリカンカントリーを基調に、シェーカー、ミッドセンチュリーという異なるスタイルをミックスして、居心地のよい空間をつくり上げました。

アメリカン・カントリー

言葉の通り、アメリカの片田舎の農家などによく見られたスタイル。骨太でどっしりとした印象。あまりお金をかけず、手頃な価格の節のある木や針葉樹を使う。節を隠すために木材をペイントすることも多い。

ミッドセンチュリー

20世紀の半ば、1940~1960年代にインテリア・建築界を席巻したスタイル。技術革新によって、それまでのような無垢木ではなく、合板を使えるようになったことで、端部などの処理がスマートに。モダンで軽快な雰囲気が醸し出せるようになった。イームズ夫妻、ジョージ・ネルソン、エウロ・サーリネンなどによる、今も敬愛されるデザインが数多く生まれた。

シェーカー

シェーカー教徒は、19世紀頃のアメリカに多くいた、キリスト教系の団体。質素で規則正しい生活を送ることを大切にする彼らの家具やライフスタイルを指す。華美でなく、素材に正直なシンプルさ、機能性などが特徴。

広大な裏山つき・築70年超の一軒家
 

方程式
1

自然豊かな環境に住みたいと探し当てたのは、家屋の背後に鬱蒼と緑の茂る裏山がついた、築約70年の一軒家。敷地の性格から、新築ではなくリノベーションを決めたそう。

以前はより都心に近い場所に住んでいたという鰤岡さん夫妻。「家はただ寝るだけの場所になっていた」と振り返りますが、子どもが生まれ、もっとのびのびした環境の中で子育てをしたいと土地を探し始めたそう。そうして自然に恵まれた里山の景色のなかにある、築70年以上の一軒家に出会いました。通りから1本入り込んだ私道から階段を上がった斜面の途中に家、そのさらに上側の斜面まで含めた敷地は300坪。迷いなく「ここがいい」と決断したと話します。

「子どもが自由に遊べる裏山があるなんて、願ってもない環境でしたから。家は公道に接していないので、取り壊して立て直すことはできないけれど、屋根の形が変わらなければインテリアはどれだけ変えてもいい。つくりは頑丈な家だということはひと目で分かったので、床・壁・天井を全てはがしてスケルトンに戻し、フルリノベーションしました」

家の構造に関わる主要な部分は、友人でもある建築家の真田大輔さん(すわ製作所)に相談。インテリアのデザインや、多くの家具・建具などの製作はすべて自分で手がけた。土地を入手してから2年ほどをかけて作り上げたそう。

「家にいて視界に入る全てのものに“納得のいかないモノ”がない空間にしたかったんです。以前、賃貸マンションに住んでいたときは、壁のビニルのクロスもイヤ、嘘っぽい木の床材も巾木もイヤ、木目調のドアもイヤ……と、全てに納得がいかなかった(笑)。自然素材に囲まれたいというよりは、僕の場合、影響を受けてきた好きなインテリアのテイストにこだわりたかった。大方を自分でやったので、2年ほどはかかりました!」

筋金入りのアメリカンスタイル

方程式
2
カントリーを中心に、ミッドセンチュリー、シェーカーというアメリカのインテリアのスタイルをミックス。アメリカのカルチャーに影響を受けてきた鰤岡さんならではの空間です。

「リノベーションの当初、ちょっと低すぎるなと感じていた天井面を剥がしたら、とても立派な梁が出てきたんです。これは絶対、アメリカン・カントリースタイルが合う! と。そこからはバランスを見ながら部屋全体をつくっていきました」と鰤岡さん。

若い頃からアメリカのカルチャーに強く憧れ、独立前は輸入古材の「GALLUP」、カントリーアンティークの名店「​Depot-39」(現存せず)で働いていた鰤岡さんにとって、アメリカのカントリースタイルはいちばん好きなインテリアのスタイルの一つ。さらにそこへ、ミッドセンチュリー、シェーカーという、自身が好きなスタイルをミックスしながら各所を仕上げていったといいます。

「カントリーは、名前の通りに田舎の農家などによく見られたスタイル。手頃な価格で手に入る節のある木を多用していたり、節を隠すためにペイントすることが多かったりしますね」

カントリーテイストのキッチンカウンター。取っ手は鰤岡さんが削り出したもの。天板は人造大理石

「ミッドセンチュリーは20世紀の半ば、1940~1960年代に一世を風靡したスタイル。イームズ夫妻などがよく知られていますが、それまでのような無垢木ではなく、合板を使えるようになったからこそのディテールのデザインが特徴です」

自作のキャビネットはミッドセンチュリー調。角の部分の板材の取り合いが美しい。

「農作業をしながら自給自足の質素な暮らしをしたシェーカー教徒の人々がつくったとされるシェーカースタイルは、シンプルで機能的。3つのスタイルはどれも、すごく好きで影響を受けてきたもの。ミックスして上手くいくのかな? と思いながら、やってみては遠くから見てみて……の繰り返しでした(笑)」

シンプルで美しいシェーカー調のドア枠。「キッチンで働く奥様の姿がとてもいいので、額縁のように切り取るイメージ」と、このドア枠は太めのつくり。

 “ファーマーズシンク”といわれる、泥付きの野菜も洗いやすい広々としたシンクを中心にしたキッチンはカントリースタイル、無垢の木が美しいドアなどの建具はシェーカースタイル、角の処理が美しい家具類はミッドセンチュリースタイル。梁には昔よく使われていたニスを使い、厳選した杉材を使ったリビングの壁は“透かし目貼り”に……。インテリアを仕事にしているだけあって、鰤岡さんのディテールに対する博識ぶりは相当なもの。素材の選び方や貼り方、仕上げ方に至るまで、こだわりのない部分がない空間が仕上がっています。

 「完全にオタクですよね(笑)。特に若い頃は、海外のインテリア雑誌を熟読して格好いいページを見つけたら、隅から隅までどこがどう格好いいのかを分析したり、僕よりずっとオタクな先輩たちにいろんなことを教えてもらったりして、“こういうのが好き”というストックをつくってきた集積かもしれません」

 「コツがあるとしたら、可能ならば時間をかけながらつくることかな……?家をつくるのも早く、正確にという時代かもしれないけれど、時間をかけて考えてみると、しっくりくるかどうか分かったりするものですよ」

知識と実績のストックが豊富な家具職人
 

方程式
3

多くのショップや住宅の家具やインテリアを手がける鰤岡さん。家の隅々に張り巡らされたこだわりから、DIYの真髄を教わります。

家の構造に関わる部分を建築家に相談した以外は、ほぼ全てのリノベーションを自分でデザインし、できるところは極力自分でつくった鰤岡さん。部屋ごとに幅木の素材や厚み、高さまでを細かく変えていたり、ドア枠の飾りの角をすべて面取りして丸みを出していたり……と、 職人ならではの徹底ぶりが行き渡ります。

「自分の家なので、実験も兼ねてとことんこだわっています。外壁の材を、ランダムではなく色の濃淡で分けて、濃いものからグラデーションがつくように貼ったり。ほかにはドアやキッチンの木の取っ手を旋盤で挽いてつくったり、各所の壁につけたブラケットライトの台座も自分でつくりました」

「職業柄か、インテリアに関しては既製品を買うことにちょっとした罪悪感があるんですよね。すでにあるものは、誰かがつくったのだからどうにかすればつくれると思ってしまう(笑)。でも実際、思いが強ければ、つくり方を調べてつくることはできるものですよ」

とはいうものの、本格的に図面を引いたり、工場に発注したりといったことまでを真似するのは難しそう……。DIYをやってみたいという人は、どこから手をつければいいんだろう?鰤岡さんのこんな一言に、ヒントが見つかりそうです。

「収納を探している方が多いので、まずはシンプルな箱をつくってみるといいんじゃないかな?釘と板を使う、いちばん簡単な箱でいい。グラグラしてても不格好でも、自分の決めたサイズや板だったら絶対に愛着が湧きます。実はそういうのが究極のDIYだと思いますね」

(方程式のまとめ)
下手でもOK!自分の好きなものを信じてとことん実践してみよう。

鰤岡さんの家づくりの方程式は、仕事柄によるところも大きいもの。インテリアのデザインや家具の製作はお手のものだけど、大切なのはDIYの「上手下手」ではないんです。方程式のいちばん奥底にあるのはむしろ、「自分の好きなもの」への強い信頼と興味。本棚にずらりと並ぶインテリアの書籍は、「どこに何が載ってるか言える」というほど。そのくらい、自分がいいなと思うページを読み込んできたからこそです。好きなものやスタイルを信じて、とことん調べたり、下手でもいいから自分でつくってみたり。鰤岡さんのようなスタイルのある暮らしは、意外とそんな姿勢から生まれるのかもしれません。

鰤岡力也さん

大学卒業後、以前から好きだったアメカジファッションや家具について学びたいと、各国から中古インテリアパーツ、建材を輸入する家具店「GALLUP」に就職。その後日本にカントリーアンティークをもたらした「Depot 39」で家具づくりのノウハウを学ぶ。2010年に「MOBLEY WORKS」を設立、代々木上原の「PADDLERS COFFEE」を始め、さまざまなショップ・住宅などのインテリアや家具を手がける。

Photography/上原未嗣 Text/ 阿久根佐和子(GINGRICH) Illustration/谷水佑凪(Roaster)