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渋谷南人,toolbox,マンションリノベ DATE 2021.12.29

自分の好きを信じて、枠をはずしてみる。
内装のプロが考えるマンションリノベの醍醐味。

家づくりの経験談をインタビューし、その内容を紐解きながら、家づくりのアイデアとして参考にしていこうという連載「家づくりの方程式」。

今回は、住まいや店舗など空間づくりに必要な建材やパーツ、アイデアを提供する会社「toolbox」にて住宅やオフィスの設計・施工を担当する、渋谷南人さんが住むヴィンテージマンションを訪問。自ら図面を引いてリノベーションし、窓枠や床材、壁など既成のままにしがちなディテールを自分好みの仕様に変更。唯一無二の空間に生まれ変わらせました。ディテールヘのこだわりが、人の気持ちに作用する「心地よさ」を生むヒントに。「自分の好きを追求することが家づくりの第一歩」という渋谷さんの家づくりの方程式を紐解いていきます。

家づくりの方程式
必須条件は75㎡以上の
最上階、角部屋
無意識に感じとる、
皮膚感覚の心地よさを探る
常識にとらわれず、
好きなイメージを探る

東京都内の緑豊かな住宅街にある築43年のマンションに妻と0歳の娘との3人暮らし。最上階に位置し、窓からは遠く空が抜ける眺望が広がっています。渋谷さんはこの「窓から見える景色」も内装の重要な要素だと考えています。

広くとられたリビングダイニング。バルコニーにつながる戸口には1930年代のフランス製の両開き扉を設置。扉を大きく開くと、新鮮な空気がたっぷりと部屋に流れ込んできます。

必須条件は75㎡以上の最上階、角部屋

方程式
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内装設計を生業としている渋谷さんには、マンションの購入の場合に設定している絶対条件がありました。

「それは、眺望が開けた最上階であること、角部屋であること。そして、75㎡以上の床面積があること」

逆にこの3つさえクリアしていれば、場所や築年数などはそれほど気にしなかったといいます。 まず眺望。これは新婚旅行の際にスイスで宿泊した一棟貸し物件で、その重要性に改めて気付かされたそう。

「レマン湖が見渡せる家だったんです。窓の外に山を背負った湖が一望できる。その景色を見た時に、こりゃ内装にも限界があるな、と。いくら内側を頑張っても窓から見える景色には到底敵わない。であれば、外の要素を出来る限り取り込みむような内装に切り替えていかないと、と感じました」

そこで、上に人が住んでいない最上階であることに加えて、部屋からの景色も物件探しの重要課題に。その条件にぴったりはまったこの部屋では、移り変わる空の色など、自分の力だけではつくりだせない美しさを部屋のなかでも感じることができるようになりました。

もうひとつは全体で75㎡以上の床面積があること。

「広めのリビングと2部屋が欲しかったので、一般的な間取り上、最低75㎡ないと難しい。ここは78.5㎡なので、リビングも23畳ほど広く取ることができました」

75㎡を広いリビング+2部屋にした場合の間取りをずっと頭のなかで考えていたため、この物件に出合ったときにはすでにおおまかな設計は終わっていたといいます。

「もともと今のリビングの場所は小さな部屋で区切られていたのですが、すぐに自分の理想の間取りになるとわかりました。2年以上探して、ようやく希望に適う部屋が見つかり、即決でした」

玄関を入ってすぐの右手に、着物の仕事をしている妻が使う和をイメージさせる空間があり、その奥に水回りを設置。左手に寝室と納戸を設け、120年前にイギリスで作られたというオーク材の大きな木のドアを開けると、23畳のリビングにつながるというつくり。リビング以外は元の間取りから変えず部分リフォームすることで、コストを抑えました。

玄関入ってすぐ右手にある妻・大川枝里子さんの作業部屋

無意識に感じとる、皮膚感覚の心地よさを探る
 

方程式
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家具や雑貨を選ぶときでも「著名なデザイナーものなど、どこかで見たことがあるようなものは基本的にイヤ」という渋谷さんですが、自身で設計した内装は、おおげさなところがなく、暮らしやすさを第一に考えたつくりになっています。

「トリッキーだったり、“してやったり”感のあるデザインはどうも昔から好きではないんです。“さりげないけど、なんか気が利いている”ぐらいのほうがカッコいい」

しかし、さりげない=普通ではないのが、この家の面白いところ。よく見るとディテールへのこだわりが随所に表れています。

例えば窓。マンションの共有部分であるサッシは取り替えることができません。そこで、渋谷さんは部屋の内側に180mm厚程度の壁を作り、サッシが隠れるよう工夫。アルミサッシが見えないだけで、部屋の雰囲気は大きく変わります。

同様に、この壁を作ることでヴィンテージの建具や、障子戸の取り付けも可能に。通常、マンションリノベーションではサッシ周りは手をつけられないところだと諦めがちですが、方法次第では自分の好きな仕様にできるという一例でもあります。

また、掃き出し窓の内側に作った壁は、床から少し高く切り取ることで、腰掛けたり、小物を飾ったりできるスペースに。さらに、新規の壁と元の壁との間に断熱材を入れることで、古いマンションのネックである寒さを防げるというメリットもあります。

キッチンはリビング入って右手の壁沿いから、その隣の掃き出し窓がある位置に移動。こちらも内側に壁を作ってタイルを張ることで、キッチン上に窓があるようにしつらえました。

造作で作ったオーク材のキッチンは右隣に連続している収納やガスオーブン部分も含めると5mもの長さがあります。それでも圧迫感がないのもまた、ディテールによるもの。

「シンクやレンジ下の収納にはあえて扉を付けませんでした。鍋を取り出しやすいという機能性もありますが、すべて閉じてしまうと重苦しくなってしまうんです。また、ボリュームがあっても軽やかさが出るよう、脚を付けて床からちょっと浮かせています」

床材にはリノリウムの一種、マーモリウムを使用。抗菌性、抗ウイルス性がある、病院や保育園などで使われている天然素材です。

「木製の家具が多いので、床までフローリングにしてしまうと木の存在感が強すぎてしまう。これは過去に手掛けた物件で使ったことがあり、仕上がりの淡い質感もいいなあ、と思って。天然素材なのでちょっと黄色みがかっていたのが、経年で青っぽく変化していくのも魅力です。抗菌性があるので子どもがハイハイしても安心です。ただ、通常だとオフィスや施設向けの建材なので、間取りが細かい住宅だと職人さんがまず嫌がりますね」

派手な仕掛けはないけれど、ディテールを積み重ねることで生まれる、無意識に訴えかけるデザイン。それが心地よさを醸し出し、渋谷邸の特徴になっています。

常識にとらわれず、好きなイメージを探る
 

方程式
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内装のプロである渋谷さんが最も大切にしているのは、住む人が気持ちいいかどうか。クライアントとの打ち合わせでも、好きなイメージを聞くことからスタートするといいます。

「仕事の場合、空間でもモノでもなんでもいいので、まず何が好きなのかを教えてもらいます。そこから膨らませてこちらの案を出していくというやり方をしています。こちらのエゴを押し付けることは決してしないし、そうしたところでいい空間はつくれないと思います」

そこで、心に留めておきたいのが、既成概念にとらわれないこと。

渋谷さんがこの家でまずやめようと思ったのが白壁。 「壁といえば白、という既成概念を取り払いたかったんです。なので、白ではなく微妙なベージュに。この色になるまで何度も調色を繰り返しました」

トイレを囲うR曲線の左官壁も一度、やりたかったという仕上げ。
「マンションなのに急に石の壁、みたいなのを作りたかったんです。依頼させてもらった職人さんが特殊左官が得意な方だったので、いろいろとサンプルを出してもらいながら決めていきました。職人さん独自の素材の配合と左官の技術で、きれいになりすぎないようバランスよくムラが入った、素敵な壁に仕上がりました」

寝室には表面が曲面加工された音響効果がある特殊な壁板材を使用。
「既存の壁に自分で貼ったのですが、ホテルのような雰囲気で気に入っています」

渋谷さんは、自分に強みがあるとするなら建築出身ではないところだと言います。

「既成のやり方や慣習を見直しつつ、どうやったらそこが本能的に気持ちいい空間になるのか、という点を重視しています。あとは結局設計だけではダメで、現場で職人さんと細かくディテールを詰めていくには施工管理までやらないとダメなんです。そこまでやって、やっと納得したものができます」

(方程式のまとめ)
イメージを膨らませ、自由な発想で作り替える

窓があるから壁にできない、床はフローリングかカーペット敷き。そんなふうに当然だと思っていた家の内装も、実は選択肢はいろいろ。渋谷さんの家にはそのアイデアがたくさん詰まっています。毎日眺めたい風景、訪れたホテル、写真で見た海外の素敵な家。好きのイメージには、リミッターをかけなくても大丈夫。そのイメージを膨らませ、実際にできることを探りながらディテールを積み重ねることで、普通だけど普通ではない「自分にとっての心地いい家」ができあがっていくのかもしれません。

渋谷南人さん

1987年東京都生まれ。写真やデザイン、インテリアの買い付けなどを経て現在は「toolbox」で住宅やオフィスなどの設計・施工を担当している。2020年9月に現在の家に引っ越し。着物のスタイリングや着付けの仕事をしている妻の大川枝里子さんと娘の3人暮らし。リビングに飾られている小物や家具は渋谷さんの趣味。和なイメージの大川さんの空間には、各地の民藝品などが置かれている。

Photography/上原未嗣 Text/ 三宅和歌子 Illustration/谷水佑凪(Roaster)