DATE 2023.04.13

5000冊超の写真集が並ぶアットホームな食堂
写真集食堂めぐたまの空間のアイデア

駒沢通り沿いの山種美術館近く、広尾の閑静な住宅街に佇む「写真集食堂めぐたま」。編集者などを経て赤坂の料亭の女将さんになったおかどめぐみこさんと、友人でアーティストのときたまさん、そして写真評論家の飯沢耕太郎さんの3人が運営している食堂です。店内には、約50年をかけて蒐集した5000冊を超える写真集が並びます。

新鮮で安心な食材を使った日本のおうちごはんと写真集、それからたくさんのイベント。何度来ても飽きない、むしろ定期的に来たくなる不思議な空間には、この場所をともにつくり上げた3人の知恵とこだわりが詰まっていました。今回は写真集食堂めぐたまから、家づくりに生かせるであろう3つのアイデアをご紹介します。
写真集食堂めぐたま

東京都渋谷区東3-2-7
TEL:03-6805-1838
営業時間:
平日 12:00~22:00(L.O21:00)
土日 12:00〜22:00(L.O21:00)
定休日:月曜日、祝日

自由に気軽に、写真集と食事を楽しめるおうちみたいな食堂

写真集食堂めぐたまが生まれた背景には、3つの偶然が。1つ目はおかどさんが営んでいた「めぐり」というお店がなくなり、新しい場所を持ちたいと考えていたこと。2つ目は、古くからの友人であるときたまさんのパートナーでもある飯沢耕太郎さんが、自宅に所蔵していた写真集が見られる図書館のような場所をつくりたいと思っていたこと。最後は、ときたまさんの実家の敷地内にある倉庫を建て直すことになったこと。こうした思いとタイミングが合致し、ジャンルにとらわれない美味しいおうちごはんをベースに、写真集が並び、イベントも開催できるような場所が生まれました。

食事をしたい方はもちろんのこと、写真学校の学生や海外の写真関係者など、この場所目当てで来る人はあとをたちません。滞在中毎日のように訪れる旅行客がいたり、朝から夜まで食事と写真集をゆっくり楽しむ方がいたり。食事が来るまでの時間にはじめて写真集を手にとって、友人と写真集を見ながら盛り上がる方もいて、多様なお客さんが思い思いにこの場所を楽しんでいることがわかります。

IDEA1:壁一面の本棚が支える、柱のない広々とした空間

この場所の一番の特徴は、木造のぬくもりが感じられる、広々とした柱のないつくりでしょう。これは設計を手がけた村井正さんが生み出した「エアロハウス」という新工法によるもので、航空機に使われる構造を住居に取り入れたもの。両側の壁に90cm間隔で柱脚を立てて負荷を分散させることで、屋内の柱をなくしています。入り口と奥のテラスに通じるガラス面は全て開放することができるので、暖かい季節には建物全体がまるで外とつながっているような解放感を演出できるのもポイント。

もともとこの場所をつくるにあたってはおかどさんとときたまさんの二人が実現したいことを箇条書きにして内装担当のデザイナー・橋本夕紀夫さんに相談しました。その結果、入り口に近い部分にキッチンやカウンターを設置し、奥に入ると空間が広がるつくりに。外から見ると中で何をやっているのかわからないけれど、玄関から入って奥には部屋があるような、まるでおうちに帰ってきた気分になれるような構造になりました。

壁に等間隔で並ぶ柱脚を本棚に応用できたのも、エアロハウスのいいところでした。本棚を造作するのは比較的コストがかかるため、柱脚の間に写真集を乗せても耐えられる丈夫な集成材をはめていくことで、壁をそのまま本棚に。場所を取らず部屋をすっきりと見せられる上、かかる費用も低く抑えられるアイデアです。写真集は比較的大きいものが多いので、棚の設置にあたっては書店の本棚のサイズを参考にしたといいます。こうした壁の使い方も家づくりの参考になりそうです。

IDEA2:空間に馴染むさりげないアクセント

もう一つの特徴が、床一面に描かれた「生命の樹」をテーマにしたアート。 絵の個展を定期的にやっている飯沢さんがわずか一日半で描き上げた作品です。写真集だけが並ぶとどうも図書館のような引き締まった空間になってしまうので、床に白いペンキで絵を描けばいいのではないか。これもインテリアデザイナーの橋本さんのアイデアでした。

アート作品といえば壁にかけたり、ウォールアートにしたりするのが一般的ですが、もっと空間に馴染みながらもさりげないインパクトを出すためには床絵という選択肢も面白いかもしれません。もちろん経年変化はありますが、時間が経ってむしろいい風合いになってきたといいます。

アート作品はトイレの鏡にも。こちらは「キットパス」という濡れた布で簡単に消せる筆記具を使った作品で、季節ごとに新しいアーティストの方が絵を描き変えています。こちらもトイレという一見無機質な空間に明るいインパクトを与えています。ちなみに取材をさせていただいた当時は、華やかな雰囲気の馬の絵が描かれていました。

こうしたアクセントは他にも見られます。例えば、おうちのように天井から吊るされたライトは、よく見ると本の形。造作した白い鉄板に合うサイズの洋書を古本屋さんから見繕ってきて生まれたオリジナルの照明です。この場所を体現していて、さりげないながらも、空間にいいインパクトをもたらしてくれています。

また、室内の至る所に赤色を使っていますが、これはおかどさんの要望。赤いドットが好きで、(今は見えなくなってしまいましたが)エントランスに赤いドットが描かれていたり、オリジナルのお酒のパッケージを赤いドットにしてみたり。一色の差し色を決めてちょっとずつ使っていくのは、とてもいいアクセントになりそうです。こうしたさりげないアクセントで空間を面白くするというのは、インテリアを考える上で参考にしたい視点になりそうです。

IDEA3:時を重ねたアイテムが生み出す、心地いいアットホームな空気感

最後に注目したいのは、この場所に漂うアットホームな雰囲気。オープン当初からまるで「ずっとそこにあったかのような居心地のいい雰囲気」だったとときたまさんは言います。

一般的にお店に置かれる写真集は飾りになってしまうことも多いですが、ここではちゃんと手にとって読むことができ、食器も以前の店舗からおかどさんが使い続けている大切なもの。こうした歴史を重ねた大切なアイテムを置いているからこそ、どこかアットホームな空気感をずっと感じさせてくれるのかもしれません。

いくつかの写真集をよく見ると、何度も修復した跡があって、それは夜な夜な飯沢さんが自ら補修をしているからなのだそう。「写真集は堅苦しく見るものでないし、たくさんの人に見てもらえることに意味があるから、ちょっとくらい汚れても構わないし、みんなで盛り上がってもらえる方がいい」という飯沢さんの思いがあって、この場所が成り立っています。全ての写真集を一年に一度、有志が集まり掃除しているそうで、こうしたところにも時を重ねて生まれる愛情が感じられます。

ここまでいくつかのアイデアを取り上げながら、写真集食堂めぐたまのアットホームで居心地のいい空間づくりのヒントを探ってきました。最後のアイデアでも書いた通り、時を重ねたモノたちから愛情が感じられて、それこそがこの空間のあたたかさをつくり出しているのだと思います。
建物の構造から、インテリアの取り入れ方などの日々の視点まで、幅広いアイデアを家づくりの参考にしてみてはいかがですか?

Photography/川村恵理 Text/角田貴広

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