久保淳也さん
1975年、神奈川生まれ。インテリアデザイン事務所勤務後、30歳でcase.work.設立。店舗・住宅を中心に数多くのインテリアデザインを手掛ける。インテリアコーディネーターとしても活動。
家づくりの経験談をインタビューし、その内容を紐解きながら、家づくりのアイデアとして参考にしていこうという新連載「家づくりの方程式」。第1回に登場してもらうのは、設計士・インテリアデザイナーの久保淳也さんです。
久保さんは8年前、東京都目黒区にあるビンテージマンションの一部屋を自宅として購入、自ら設計をしてリノベーションしました。
最大の特徴は部屋の壁を取り払い、つなぎ合わせた25畳もあるLDK。4種類の異なる素材で東西南北の壁面がそれぞれ違う表情を見せながらも、違和感なく、調和のとれた空間を生み出しています。
今回はそんな久保さんの自宅から家づくりのアイデアを学びます。
久保さんの家づくりを紐解く3つのキーワードは「マンション・リノベーション」「異素材ミックス」「インテリアデザイナー」。そもそもなぜ、マンションのリノベーションを選び、どう実現したのか。さまざまな異素材を組み合わせながら、どうやって家の統一感を保っているのか。そして、家づくりにおいて、インテリアデザイナーとしての思想やこだわり、ノウハウがどのように生かされているのか。リノベーションのコツから、異素材ミックスのヒント、さらにはインテリアデザイナーならではの視点まで、久保さん宅を形作る家づくりの方程式を解説します。
クライアントワークとして空間設計を担当してきた久保さんが、自分が表現したかったことを全て詰め込んで自宅をリノベーションしたのは2013年のこと。あえて新築ではなく、自らの表現したいイメージに近いビンテージマンションを見つけ、リノベ前の状態のままで安く購入したのだとか。決め手は日当たりの良さと広くて気持ちの良いバルコニー。イメージを図面上で自らシミュレーションし、理想の家を思い描きました。
最初の見積もりは新築を建てられそうな額だったそうで、削れるところは削ることに。フローリングの塗装や水栓金具・タイルの手配など、業者の手間を自らが請け負い、半額ほどに下げることに成功しました。
現実的に費用を抑えながらも、オークションで購入したアンティークのドアを設え、それに合わせて壁のサイズを決めるなど、細かいところにこだわりが光ります。
リノベーションで一番変わったのは、大きなリビングルーム。リノベーション前にはコンパクトな個室が連なるいくつかの部屋だったところを、仕切りを全て取っ払うことで、このマンションの箱としてのデザインを生かした空間に仕上げました。
ここまで大胆なリノベーションは設計士である久保さんだからこそ出来ることのように聞こえますが、「設計士さんにイメージを伝えて、コミュニケーションをきちんととる」という基本こそ、理想の家を作るコツだと久保さん。
「とにかく工務店さんや設計士さんと話をすることですね。設計士さんには完成イメージが見えているけれど、お客さんには見えていないことってよくあって。できるだけ想像して、わからなければ質問する。自分の作りたい家を想像して、できるだけ現場で直接コミュニケーションをとる。そうすれば、専門的な知識がなくてもイメージに近づけていけるんです」。
久保さん自身もこまめに現場を訪れては指示をしたり、イメージを擦り合わせることで、理想通りにリノベーションを進められたといいます。「もしイメージ通りに行かなかったとしても、それをどうリカバリーできるかを笑って考えられるくらいの心持ちで、家づくりを一緒に楽しめばいいんです」。
久保さん宅で注目すべきは広々としたリビングの、東西南北で異なる素材の壁面。ベランダのある北側は躯体コンクリートの打ちっ放しで、窓のある西側がモルタル塗装、東側のキッチンにはサブウェイタイル、さらには南側をヴィンテージのブリックタイル貼りにしています。
これだけ異素材を組み合わせてなお、統一された世界観を維持できているから不思議。「実は実験的な挑戦だったんです。部屋の4面が異素材になってることってまずないですよね。それをやってみたかった。全ての目線で見え方が違っていて、飽きがこないなと。図面上でシミュレーションは何度もしましたけど、結果としては出来上がってみて、なんとかいい感じになりました(笑)」と久保さん。
各壁面には小さなこだわりが散りばめられています。タイルやレンガに合わせて、壁面のサイズを決め、素材がぴったり収まるところで壁が途切れるように設計。日常的に目にする場所こそ、細かな部分にこだわることで、生活の印象は大きく変わるんだとか。設計図で何度もシュミレーションをして、決めていったといいます。
中でも久保さんが一番こだわったのはキッチン。「キッチンは住居の心臓。コンクリの天板を使ってオーダーキッチンを作りたくて、3週間かけて図面を書きました。キッチンだけはこだわって、お金をかけたほうがいい。生活動線にも大きく関わるので、使い方を考えてきちんと設計するのがいいです」。
壁のデザインは実験的に遊びながらも、生活動線や使いやすさを考えて、空間をコーディネート。設計の時点で家具の配置も決め、空間に合わせてソファやテーブルなどの家具を特注したそう。「人が集まれるように大きなソファを置いたんですが、実際にはみんなキッチンに集まるんです(笑)。ソファが全然使われない。いくら生活動線を考えても、予想できないこともありますが、いずれにせよ、キッチンには手をかけてよかったと思いました」。
デザイン面では久保さんのやりたいことを詰め込みつつ、きちんと使いやすさまで考えた設計になっているのが、異素材&テイストミックスでも調和がとれる秘密なのかもしれません。
「絵や家具を並び替えるだけでも部屋の印象はグッと変わります。家は育てていくものなので、これから5年10年経って、少しずつまたリノベーションを重ねるかもしれませんね。気分は年を経て変わっていきますから。それでも、全体でブラさない軸だけは持っておきたいです」。
久保さん自身はこれまで、毎年海外に出かけ、いろんなアイデアや現地のアンティークを調達しながら、今のスタイルを作り上げました。インテリア・コーディネートの仕事をしていることもあって、自宅に飾るアンティークやアート作品などは定期的に置き換えるそう。仕事で貸し出していたり、ビビッときて新しく迎え入れたものに合わせて壁面のインテリアを並び替えてみたり。家づくりが終わっても、部屋の雰囲気作りは永遠に続いていくのです。
最後に、設計士・インテリアデザイナーとしての久保さんに、家づくりでここだけはこだわったほうがいい、というポイントを聞くと、やっぱり「キッチン!」とのこと。「キッチンにはこだわるべき。導線がうまく作れると、家の中の空気が良くなりますから。困ったらぜひ僕に相談してくださいね(笑)」。
久保さんの家づくりを象徴する方程式として「マンション・リノベーション」×「異素材ミックス」×「インテリアデザイナー」を紐解きました。
家づくりを成功させるコツは、まずはどんな家にしたいのか、写真でもインスタグラムの投稿でもいいからアイデアを集めて、シミュレーションする。その上で、実際の設計に落とし込む際にはイメージをきちんと伝えつつ、設計士に細かなディテールのアイデアをもらう。もしイメージと違う仕上がりになっても、それを楽しんでどう変えていくのか。そこまで含めての家づくりなのだということがわかりました。
1975年、神奈川生まれ。インテリアデザイン事務所勤務後、30歳でcase.work.設立。店舗・住宅を中心に数多くのインテリアデザインを手掛ける。インテリアコーディネーターとしても活動。
Photography/上原未嗣 Text/ 角田貴広 Illustration/谷水佑凪(Roaster)