仁平透さん(仁平古家具店・pejite)
東京で中古レコード販売などを経験した後、2009年、地元に戻り『仁平古家具店』を、さらに2014年には『pejite』をオープンする。アイテムの仕入れや見立てはもちろん、リペアの方向性の指示など、幅広い仕事を手がける。独特のセレクトやリペア、リーズナブルな価格設定、お店の雰囲気に惹かれ、県外からも多くのファンが訪れる。
家づくりの経験談をインタビューし、その内容を紐解きながら、家づくりのアイデアとして参考にしていこうという連載「家づくりの方程式」。
今回は、日本の古家具や雑貨が絶大な人気を誇る「仁平古家具店」と、リペアを経た家具と陶器やアパレル、雑貨などのセレクトショップ「pejite(ペジテ)」。店主の仁平透さん・里帆さん夫婦が住むのは、益子の山奥に建つ築40年を超える一軒家です。「古いもの、古い文化がなくなることは耐えられない」という二人の強い気持ちは、お店だけでなく、リノベーションで生まれ変わったこの家にも映し出されています。
古いものから価値を見出す仁平さんのお宅から家づくりの方程式を紐解いていきます。
仁平透さん・里帆さん夫妻が住むのは美しい田畑を抜け、さらに森へと分け入った先に広がる600坪あまりの広大な敷地。
築42年の一軒家を地元の職人さんたちとリノベした住まいには、日本各地から集めた古家具や雑貨類を扱う「仁平古家具店」店主ならではのセンスと技があちこちに光ります。
ただ古いものを集めるのではなく、現代の暮らしに合うところに落とし込んでいるから、家全体はむしろとてもモダン。見渡す限り美しく、ため息が出てしまうような空間が広がっています。
中古物件の検索サイトで見つけたという築42年の家。見学に来たときは「ボロボロでお化け屋敷みたいだった……」とのことですが、仁平さんはここに住むことを即決。スケルトンに戻してのリノベーションに着手しました。
以前は同じ益子でも、より町に近い場所に住んでいたという仁平さん夫妻。この物件は「森の中に住みたい」という里帆さんの願いと、透さんが仕事場に通いやすい距離という2つの条件が叶う場所にありました。里帆さんが振り返ります。
「森に囲まれた600坪ほどの敷地に、2棟の建物が建っている。でも私たちが今住んでいる母屋には、図面ではなぜか大きく“✕”印がついていました。そのワケは見に行ってみたら分かった(笑)。木が生い茂って入り口も見えないし、屋根は落ちたままだしと、本当にボロボロで。でも透さんがすぐに『ここに住もう』って言ったんです」
仕事柄いろんな家を見てきている透さんならではの即断でした。
「古くは見えるものの、築100年とかの古民家とは違い、昭和50年代に建てられた家です。家の基礎部分を覗き込んだら“ベタ基礎”という、一度床下にコンクリートを流し込んでそこに柱を建てていく、現在でもよくあるつくり方なのがわかりました。躯体もしっかりしているし、これは直したらいけるだろうと。もし上手くいかなかったとしても、何しろロケーションが最高だし、もうひとつの棟でカフェか何かやれば隠れ家的でいいのでは?と」
こちらの家、元の住人は、民藝運動の代表格の一人である陶芸家・濱田庄司の三男で、自身も陶芸家として活動した濱田篤哉さん。仁平さんたち以前にも何組か見学者はいたものの、あまりの家の劣化具合に入手を断念していて、仁平さんたちが決めなければ家は壊される運命だったのだそう。
「古くてよいモノや文化が壊されるのが本当に残念で。“篤哉さんの思いを受け継ぎたい”というのはおこがましいけれど、何かいい形を見つけられたらと思いました」と透さん。
今にも崩れ落ちそうな屋根や天井を取り払い、柱と梁だけのスケルトン状態に戻してのリノベーションがスタートしました。
スケルトンに戻した40~50坪ほどの平屋は、キッチン・リビング・ダイニングが連なる大きな一室を中心に据えて再構築。
「せっかく森の中に住むのだし、開放的なプランがいいなあと妻とも話しました。二人暮らしだし、あまり細かく区切ってしまうよりは、広くつくった方がいいと。キッチンやリビングをつなげて大きな窓もつけ、大らかにつくってもらいました」と透さん。
地元の棟梁や左官に二人のプランや思いを伝えてつくってもらった点も、仁平さんの家づくりの少し特殊で幸せなこと。その背後には、益子のライフスタイルショップの名店「starnet」の存在があるのだそう。透さんが話します。
「starnetのオーナーだった故・馬場浩史さんは、いろんな空間を地元の業者の方々とつくられていました。だから、馬場さんの薫陶を受けたセンスのいい棟梁や左官、電気屋さんといった方が益子にはいらっしゃるんです。古い建具や照明をつけるといったことを嫌がる職人さんは少なくないと聞きますが、この辺の方は二つ返事でやってくださるので、本当に助けられました」。こうして、ゆったりとした間取りの家に、仁平さんらしい審美眼で、壁や床の素材、そこに置く家具などが決まっていきました。
壁は透さんの好みのモルタルに墨を混ぜた素材と、里帆さんの好みの土壁を半分ずつ場所を分けて塗り上げる、扉などの建具は、透さんが集めてきた古家具からセレクトしたものをはめ込む、さらにキッチンカウンターには煮炊きのできる火鉢を埋め込んで・・・・・・。
二人の暮らしへの希望やアイデアが詰め込まれた空間ができあがっています。時間を経たものだけが持つ価値が丁寧に磨き上げられて、居心地のよい暮らしの場に生まれ変わっていました。
仁平さんの家の印象を大きく決める古家具や古道具。建具や扉はもちろんのこと、ソファや小さな花台、キッチンに並ぶ鍋や玄関脇に置かれた杵など、家の各所に古いものがたくさん見つかります。
どれも時間を経てきたものならではの風格があるけれど、“古ぼけて”見えないのは、よく考えれば不思議なこと。古いものを選ぶときのコツはあるのでしょうか?
「古家具というと単に古いだけと思われる方もまだまだ多いとは思うのですが、僕らはやっぱり目利きをして『これぞ』と思う物を選んではいるんです。その条件のひとつが素材のよさ。その上で、ひとつひとつについて、このコはどうなりたがっているかな?と考えてリペアしたり、カスタムしてあげたりします。そのプロセスは料理に似ていると思います」
「たとえば物入れの建具は江戸時代くらいのもの。真っ黒な杉板で古民家っぽい風合いだったのですが、少しだけサンドがけして木目の表情を出しました。うちのお店で売っているものの特徴でもありますが、色は剥がしてあげることが多いですね。現代のライフスタイルに合わせるにはどんな“調理”をしてよさを引き出すべきか。“目利き”と”調理”は、古い家具を使うときのコツといえると思います」
土地と家を購入してから住み始めるまで約3年ほど。自己資金でのんびりとつくれたのはとてもよかったと、夫妻は振り返ります。
「腕利きの職人さんたちは人気もあるので、1年ほど待ったんです(笑)。その間に庭に古い大谷石を敷き詰めました。普通は後回しになる庭に先に手を入れながら、家や庭全体を考えられたのはとてもよかったですね。古い家をリーズナブルな値段で買って、今ある時間とお金でできるところからやっていく。そういうやり方もあるんだって知っていただけたらうれしいですね」
仁平さんの家で印象的なのは、夫婦それぞれの「こういうものがいい」「こういう風にしたい」が、家の各所に発揮されていること。古家具を生業にしているからこその目利きであることを差し引いても、自由に家づくりを楽しみ切っているのがわかります。
「家を持つ=大金を用意して、スケジュールに合わせて急いで建物をつくる、だけではないんですよね。もしかすると半分以下のお金で古いものを手に入れて、時間をかけながら愛情を育てていく、そういうライフスタイルもある。これはこれでとてもいいですよ」。
そんなお二人から、穏やかな家づくりの心地よさを教えてもらいました。
東京で中古レコード販売などを経験した後、2009年、地元に戻り『仁平古家具店』を、さらに2014年には『pejite』をオープンする。アイテムの仕入れや見立てはもちろん、リペアの方向性の指示など、幅広い仕事を手がける。独特のセレクトやリペア、リーズナブルな価格設定、お店の雰囲気に惹かれ、県外からも多くのファンが訪れる。
Photography/上原未嗣 Text/ 阿久根佐和子(GINGRICH) Illustration/谷水佑凪(Roaster)