丸山晶崇さん、糸乃さん
プロジェクトデザイナー晶崇さん、イラストレーター糸乃さんのご夫婦。晶崇さんはデザイン会社と、地域と文化と本のある店「museum shop T」、千葉市美術館ミュージアムショップ「BATICA」も経営。自宅1階のスペース「HOMEBASE」はカフェ、シェアキッチンとして運営している。
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家づくり経験者のお宅にお邪魔して、これから家を建てる人たちの参考になるアイデアを紐解いていく「家づくりの方程式」。今回訪れたのは、東京・国立市の商店街の中に佇む、敷地面積約20㎡のクリエイター夫婦の家。プロジェクトデザイナー丸山晶崇さんと、イラストレーター糸乃さんのお宅です。
「最初から家を探していたわけじゃなかった」と丸山さん。「もともとこのあたりの土地勘はあるんですが、個人商店が連なった、昔ながらのいい商店街なんです。そこに土地が空いたよと紹介されて、この商店街だったら、何かできるんじゃないかと思ったんです」。
この場所でシェアスペース兼住居が叶うなら、家を建てるのもアリ。ひとつのプロジェクトのような考え方で始まった丸山さんの家づくりには、約6坪の土地をうまく生かすコツと、新しい暮らしのアイデアで溢れていました。これからの時代にフィットしそうな、家づくりのコツを紐解いていきます。
茶屋、家具屋などの個人店が立ち並ぶ、国立の昔ながらの商店街。その一角にすっぽりと収まるように建てられた、縦に長い店舗兼住居に、丸山さん夫婦2人と猫2匹で暮らしています。
飲食店としても利用できる1Fのシェアスペース。2階には少し天井を低くした寝室と納戸、3階にリビングとバスルーム。3.5階に客室としても使えるロフトを設け、1フロア約20㎡とは思えない、広々とした雰囲気をつくっています。
2014年に土地を紹介されたときは、古い一軒家が建っていたため、一瞬リフォームも考えたという丸山さん。ですが、整備が難しい建物だったこともあり、新築を建てることに。狭小住宅を得意とする知り合いの建築士と相談しながら、家づくりをスタートします。
「店舗兼住宅」にすることが、今回の家づくりの絶対条件。全体が「店舗つきの建物」にするための設計になっています。
3階にある小さな水場も店舗用設計のひとつ。「1階部分をお店にするためには、住居部分にもキッチンが別でひとつ必要なんです。それで、小さな給湯室のような場所を設けました。お店を建てるためにつけたスペースでしたが、洗濯の下洗いをしたり、猫の餌をあげたりと、結果的にすごく便利でした」
1階をお店にすること以外では、寝室のある2階は天井を低くして、その代わりリビングのある3階は心地の良い高さのある空間に仕上げるなど、建築士と相談しながら一緒に家づくりを進めたのだそう。
この家を建てる以前は、築約40年の平屋を借りて住んでいたという2人。その平家にあった、大きな納戸や壁一面についていた書棚を気に入り、現在の家でも参考にしているといいます。
土地制限と店舗用建造物としての条件に加え、商店街の中ということもあって火災を防ぐための基準も厳しいこの場所。丸山さんの「こうしたい」という希望と実際にできることの擦り合わせに1年半ほどかかり、2015年末にようやく住み始めました。
自身がアートディレクター・デザイナーで、ギャラリーの運営もされている晶崇さん。家のディテールにもこだわりがあり、カーテンレールやドアの取手、鍵穴など、家づくりに使用する細かいパーツはほとんどを自ら指定して、つけてもらったのだとか。
バスルームに設置した「洗面台やトイレはKOHLER(コーラー)、シャワーはGROHE(グローエ)のショールームに行き、一個一個見て選びました」というから驚き。
壁や床の素材も「店舗部分のタイルは汚れてもみすぼらしくならないテラコッタ、ドアや窓のサッシはアルミではなく、錆びたときに味が出るスチールを選んでいます」。建具やパーツ、建材へのこだわり共通するのは、「時間が経ってこそ味が出るもの」への信頼。
「劣化していくものが好きじゃないので。買ったときが一番きれいなものって、すぐ古くなるじゃないですか。車に例えたら、新車じゃなくて、古いけど価値が確立されたデザインの方が好きですね」
小学生の頃から、蚤の市でワクワクするような子どもだったという晶崇さん。「どういうものが時間が経って味がでるのか」については、長年培われた「お宝探し」の経験と職業柄なのかもしれません。「昔から、ごちゃごちゃといっぱいある中からいいものを探すのが好きなんですよね。オークションサイトでずっと探すのも苦にならないし、ゴミ捨て場から拾ってきたりすることもあります。彼女が使っているイームズの椅子も拾ったものです(笑)」
ただし、「◯◯スタイルみたいな特定の好みはないです。北欧のものもあるし、アメリカのものもあるし、日本のものもある」。壁に飾られたアートしかり、後から自分でつけたという棚に置かれた雑貨しかり、確かに、ジャンルもテイストもバラバラ。それなのに、統一感があって洗練されているから不思議です。
雑多に集めて、どうやって統一感を出しているのかを尋ねてみると「そんなに深く考えてないですよ。いいんじゃないですか、好きなものどんどん飾っていけば」とライトなスタンス。
壁に飾るアートや収納用の棚も、少しずつ増やしたり、入れ替えたりしているそう。自分の好みの変化を受け入れて、そのときにいいと思ったものを家づくりに反映させていることがわかります。
「この場所で土地が手に入るなら、建てる家はこうがいい」という発想で始まった家づくり。「店舗兼住宅」を建てることになったのは、自分たちの後に住む人の暮らしのことまで考えた結果でもあったそう。
「以前住んでいた平屋は、歴代の住人たちが愛着を持って住んでいた感じが分かって、すごく良かった。そういう風に、僕たちの後も誰かがまた気に入って住んでくれるような家を考えて、この形がいいなと思ったんです」
「1階が店舗で上に住宅になっている家って、実は昔ながらの住宅の形なんですよね。子どものときに行った駄菓子屋とか、居間と店部分が繋がってて、お菓子を買いに来たら、奥からおばあちゃんが出てくる、みたいな家でした。それを、現代の生活に合うようにリデザインしたらこうなるっていう提案なんです。今後、家で仕事する人も増えるし、店舗兼住宅は増えていくんじゃないかと思います」
商店街の1店舗として、周辺環境に馴染むように建てられた丸山さんの家。「1階をシェアスペースに、リビングは広々と大きな窓をつけて、たっぷりと収納できる納戸はマスト」と、この場所での暮らしやすさを大事に全体を設計しながら、細かいディテールには夫婦のこだわりを存分に取り入れています。「そもそも、建てるつもりもなかったし、ずっと住むつもりもない」という家に対するスタンスもおもしろいところ。もし、お気に入りの街に空いている土地を見つけたら、そこでどう暮らしたら楽しいかをしっかり思い描いて、エイヤ!と家を建ててみるのが正解なのかもしれません。
プロジェクトデザイナー晶崇さん、イラストレーター糸乃さんのご夫婦。晶崇さんはデザイン会社と、地域と文化と本のある店「museum shop T」、千葉市美術館ミュージアムショップ「BATICA」も経営。自宅1階のスペース「HOMEBASE」はカフェ、シェアキッチンとして運営している。
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Photography/上原未嗣 Text/ 赤木百(Roaster) Illustration/谷水佑凪(Roaster)