前田有紀さん
アナウンサーとして約10年テレビ局に勤務したのち、2013年にイギリスに留学。見習いガーデナーとして働き、帰国後に都内のフラワーショップで2年半の修行を積む。現在、フラワーブランド「gui」を主宰。イベントやウェディングの装花、作品制作、さまざまな企業とのコラボレーションを行う。男児2人を育てる母。
子どもの頃から自然豊かな場所が好きで、草花に囲まれた暮らしに憧れていたというフラワーアーティストの前田有紀さん。都内へのアクセスがスムーズで、自然だけでなく歴史と文化も残っている。そんな場所での生活を求め、神奈川県の歴史ある街に植物の映える一軒家を建てました。
いかに家の中にグリーンを置けるかを考えて設計された住まいは、風が通る心地いい空間へとつながりました。植物のスペシャリストとして、グリーンを活かす空間をどのようにしてつくっていったのか。立地や間取りを踏まえて、家づくりの3つの方程式を紐解いていきます。
キッチンに立つとリビング、テラスまで全体が見渡せる前田さん宅1階。子どもたちがこのフロアのどこにいても、気配が何となくわかる間取りになりました。リビングとテラスの間には段差をつくらず、地続きにしたことで、テラスを第二のリビングとして使えるように。キッチン奥には急な来客があっても、さっと荷物を隠せるパントリーを設けました。
テレビアナウンサーとして活躍した後、植物と対峙する職業に転身したいと一念発起した前田有紀さん。TV局勤めから花屋勤めになったことで仕事の環境も暮らしも考え方も様々なことが激変。 花を扱う仕事は予想以上に重労働だったものの、花や緑に触れていれば心が安定すると実感したそう。結婚して長男が生まれたのを機に、都心から少し離れた場所への移住を決意したといいます。
「子どもの頃、夏休みに実家へ遊びに行くのが楽しみだったんです。山や田畑に囲まれた田舎だったのですが、そこでの思い出が鮮明で。テレビ局に就職して毎日電車に揺られ、深夜帰りだったり、ときには深夜に出勤したり……。そんな都会での生活を送るなかで、自然への憧れがどんどん膨れていきました。子育てするなら自然の多い場所でのびのび育てたい、と強く思うようになったんです」
結婚して長男が生まれたのを機に移住を決意。家を建てるにあたり前田さんの念頭にあったのは2つ。「自然と文化と歴史が残っている街であること」、「都心への移動がスムーズであること」。現在住む街へ下見に訪れたとき、まず、多彩な植物がイキイキ育っていることに驚いたという前田さん。季節の花が道端にも多く咲き、道行く人を楽しませていました。
「道は狭いし、街灯がない場所も多いし、スーパーも駅も近くはない。都内と比べて不便なことが多いのですが、そこも魅力に感じたんです。何より裏山から吹く風が心地よく、常に明るい陽射しに包まれているこの土地を見て、“光合成のできる家”をテーマに、ここで新居を構えたい!と思って」
家の設計は、湘南エリアで多数の案件を手がけている工務店にお願いしました。木を多用した空間づくりが上手で、経年変化が楽しめるようなシンプルなデザインに惹かれたそう。
間取りの特徴は、キッチン、リビング、テラスが一直線に連なっていること。キッチンに立つと空間全体が見渡せるつくりです。
テラスは大きく外にせり出し、まるで第2のリビングのよう。ここで風を感じながら家族でくつろぐ時間は、前田さんにとってなくてはならない団らんのひとときです。
壁はすべて白の珪藻土。珪藻土は湿気を吸収し、部屋が乾燥したときには潤いを与えてくれる特徴があります。一年を通して湿気が多い海沿いの街では、調湿性能のある素材を重視。
また、階段の下には小さなスペースを設け、夫の書斎に。デッドスペースになるところを利用して、仕事や読書ができたり、物を一時的に保管できる場所として完成させました。
「家を建てるときにまずオーダーしたのが、植物が常に置ける空間にしたいということ。植物を飾ってはじめて空間が成立するような、植物ありきの住まいにしたかったんです。だから、壁や床、天井はできるだけ明るい色味の無垢材を選び、壁は白の一択。どういう花を活けても植物が主役になって映えるようにしてもらいました」
また、前田さんが欲しかったのが、天井と同じ木材でつくった作り付けの棚とデスク。デスクの上に窓を設け、照明がなくても自然光が入る、明るいスペースになりました。ベンチもオーダーメイドでつくってもらい、前田さんがPC作業をしたり、子どもが宿題をしたりと、家族のワークスペースになっています。もちろん、観葉植物を置く大切なコーナーのひとつでもあります。
部屋の中にも外にも、同じように背の高い植物を置くのが植物が映える家づくりのポイントだという前田さん。「切花や多肉植物だと小さくまとまってしまうので、人と同じくらいの高さの観葉植物を置いて空間にメリハリを出しています」
「庭にはレモンの木やブラシの木、ハーブ類など、好きな植物を植えて、地面に降りなくてもテラスの上から近寄って楽しめる造りになっています。部屋にグリーンが少なくなってきたら、庭のグリーンを切って飾ることも」。
テラスとリビングを仕切る障子は、設計士のアイデアだったそう。閉めても外の様子や明るさが伝わり、和紙の温かみが部屋の木材とも合うとのことでした。昔ながらの“ザ・障子”ではなく、格子を大きくデザインすることで、洋と和がうまく調和した空間になったそう。
家具に関しても重要視したのは、やはり木材。美しい材質のインテリアにしたいという想いでいろいろ調べる中、“木と空間の融合”を大切にする「広松木工」の存在を知りました。ショールームと工房のある福岡県大川市まで夫婦で足を運んだそう。「ソファに使うファブリックは自宅で簡単に洗える生地なので、子どもが液体をこぼしても気にならないのが魅力です」
「対面型のアイランドキッチンの後ろには、食器をたっぷり収納できる作り付けの棚をつけました。陶芸をする義母が器を制作してくれるので、沢山並べたかったんです。洗い物をして後ろを向けば片づけられる距離感も重視しました」
やんちゃ盛りの男の子が2人いる前田さん宅。限られたスペースを有効に使おうと、1階には空間を遮るような仕切りや壁がありません。
「それと、畳のある和室がどうしても欲しかったんです。私の祖父が畳職人だったので、畳の上で子どもたちをゴロゴロと遊ばせたい、昼寝させたいという気持ちがあって」。とはいえ、リビングの床にいきなり畳が続くのは違和感がありました。そこで、設計士が考えたのが小上がりになった和室です。リビングから一歩上がることで空間にメリハリが出たと前田さんは話します。
「設計士さんが小上がりになった和室の下に収納スペースを作ろうと提案してくださって。木の引き出しを備え、今ではここに子どもの洋服やアウターを収納して重宝しています」。
両親や友人が泊まりに来たら、畳の間はゲストルームに。空気の入れ替えができる小さな窓を備え、窓の向こうにある石畳のアプローチを歩く人の気配もわかる仕様になりました。
緑に囲まれた住まいで癒やされる生活を送る前田さん。自然との距離感が近いぶん、環境問題にも家族全員で取り組めています。「今では子どももゴミの分別をしっかりしてくれます。生ゴミを処理するコンポストも置いて、確かにひと手間はかかるものの、都会では手に入らなかった豊かな暮らしがここには沢山あります」
自然に囲まれた住まいは、それゆえに不便なところも多くあります。けれど、捉え方ひとつで世界は変わるもの。明かりのない道、虫が入る家、急斜面のエリア。それを「楽しい!」「豊かだ!」と感じる前田さんは、この立地を思う存分楽しんでいるようでした。家の外でも中でも植物を感じていたいなら、それが主役になる空間にすること。部屋のなかで何に重点を置くかを決め、家具も間取りも植物ありきのデザインを選ぶ。そんな風に突き詰めて考えられた住まいは、とても潔いものでした。常に植物と共に暮らしたい人は、植物と相性の良い空間を考えるところから始めるのはいかがでしょう。
アナウンサーとして約10年テレビ局に勤務したのち、2013年にイギリスに留学。見習いガーデナーとして働き、帰国後に都内のフラワーショップで2年半の修行を積む。現在、フラワーブランド「gui」を主宰。イベントやウェディングの装花、作品制作、さまざまな企業とのコラボレーションを行う。男児2人を育てる母。
Photography/藤井由依(Roaster) Text/ 仁田ときこ Illustration/谷水佑凪(Roaster) Hair&makeup/Midori