近藤洋司さん
20歳でセレクトショップ「ビームス」に入社し、メンズカジュアルを扱う渋谷店のショップスタッフとして勤務。3年前に「ビームスジャパン」のバイヤーとなり、日本全国のさまざまな民芸品の仕入れを行う。古着好きが高じて、古美術や古道具の世界に魅了される。妻と3ヶ月の息子と愛犬の4人暮らし。
昔から古着が好きで、古美術や古道具の世界にもハマり、現在は日本各地の民芸品や生活道具を仕入れるバイヤーとして活躍する「ビームスジャパン」の近藤洋司さん。鎌倉で築50年の平屋を1年がかりで探し出し、半年かけてのリノベーションに取り組みました。
見つけたときはいたる箇所が傷んでいた躯体や細かく仕切られた間取りなど、現代の暮らしでは使い勝手が悪いところも、古民家の扱いに長けた設計士とともに、子育てしやすい開放的な住まいに改装。今回はそんな近藤さんのお宅から、古民家とのつき合い方を紐解いていきます。
鎌倉の高台に立つ平屋を見つけ、全面リノベーションに踏み切った近藤さん。新しいものより古い家具や雑貨が好きで、古民家へのこだわりもひとしお。自分の感性を取り入れつつも古い良さは活かした独自の空間はどのようにつくりあげたのでしょうか。
こだわりの改装からインテリア選び、古い家と家具との心地いいつき合い方まで、長年セレクトショップに勤める目利きの近藤さんらしい住まいづくりの秘密を伺います。
長らく東京に住んでいたものの、神奈川県出身ということもあり、いつかは鎌倉や湘南に居を構えたいと思っていた近藤さん。「鎌倉や湘南は神奈川県民にとって憧れのエリアなんですよ。緑が多くて海も近い、独自のカルチャーも根付いている。そんな場所で子どもをのびのび育てたいと思っていました」。
近藤さんは大の古いもの好き。20代から古着やヴィンテージ家具といった、古くて味があり、歴史を感じさせるアイテムに惹かれる性格だったそう。
「そういう嗜好も影響して、次に住むなら古民家に住みたいという気持ちが年々強まって。鎌倉、逗子、葉山近辺で古民家探しを始めました。けれど、意外と古民家の数が少なく、思い描いていたような物件になかなか出合わなくて。この鎌倉の家を見つけるのに1年程かかりました」
巡りあった築50年の物件は、4畳半から6畳の部屋が4部屋もあり、暗さも気になる平屋でした。庭も雑草が生い茂り、もはや原型がわからない状態。「それでも、現代の住居では見られないレトロな建具や窓ガラスが当時のまま残っていて、田舎に遊びに来たような懐かしさを感じたんです」
そこで相談したのが、古民家のリノベーションを数多く手がける建築家さんでした。「一緒に内見をして“ここなら暮らしやすい間取りに変えられる”と建築家さんに太鼓判をもらい、購入する決心がつきました」
そうして着手した、約60㎡の古民家再生。まずは大きなLDKをメインの空間にして、その他を寝室と水まわりに分けました。採光を邪魔する壁はすべて取っ払い、ドアのない明るい空間に設計。
天井は構造材をむき出しにすることで、天井高をしっかり確保。「収納スペースが少なかったので、天井を抜いて縦の空間を利用することにしました。梯子で上り下りできるロフトを設置し、物を置けるスペースもつくって。かさばるキャンプ用品や釣り道具が多かったので、我が家はこのロフトでかなり助かっていますね」
また、味のあるフローリングは柿渋塗装を施したもの。「素材は建築用材によく使われる丈夫な山形の杉で、そこに柿渋でつくった液体を塗装しています。うちには犬がいるため、経年変化で味わいが出るフローリングいいな、と。新しい床材ですが、柿渋のおかげですでにヴィンテージ感が出ています」
壁は古民家と馴染みの良いモルタルを使用。寝室の壁は湿気が溜まりやすいので珪藻土を使っています。リビングは明るく見えるように白色のペンキを塗り、これは汚れたらそのつど塗り直す予定とか。
「新しいものは完成した時点で価値が一番高いですが、アンティークは年を重ねるほどに価値が上がります。使っていた人の背景などストーリー性のあるものに惹かれるタイプなので家も古民家にこだわりましたが、内装は古民家一辺倒では逆に面白くないと感じていました」
そこで、インテリアには工業的な要素を加え、ビンテージのテイストが入り交じる空間を目指したそう。
キッチンはステンレスの天板を選び、業務用のイメージに近いアイランドキッチンに。「自分がタイル好きなので、流しの側面は好きなタイルを貼ろうと決めていて。代々木にある『名古屋モザイク工業』に足を運んで、和風すぎず、北欧テイストの家具にもマッチする細長いタイルを選びました」
和の要素としては、庭へと続く昭和の障子戸が独特な存在感を放っていました。玄関にも昔ながらのすりガラスの建具を備え、風情を漂わせています。
日本の古い調度品が、フィンランドのテーブルやデンマークのイスといった海外ヴィンテージ勢と上手く調和し、独自の空間をつくっている近藤さん宅。どのアイテムも近藤さん自身がアンティークショップで見つけたもので「今の住まいと合うサイズを探し出すのに一苦労でした」と話します。
さらに目を惹くのは寝室とLDKを仕切る「蔵戸」。「おそらく大正時代のもので、あるだけで重厚感がすごいんです。いろんな古道具屋を巡ってようやく見つけました」と、近藤さんも思い入れが深い様子。
奥には寝室、オープンクローゼットが続き、プライベートな空間は蔵戸によってお客さんから上手に目隠しできるようになっています。
オープンクローゼットにはショップスタッフ時代で培った美しい平置きの技が展開。色や柄で衣類をきちんと仕分けし、美しくディスプレイされていました。
「民芸品と同じくらい洋服も多いので、きれいに畳んで“見せる収納”に徹しています」。収納のコツを伺うとズバリ「足し引き」の世界だそう。アイテムを密集させて置く場所を設けたら、対して、出来る限り厳選してスッキリ見せるスペースを意図的につくる。「このメリハリが大切だと思います。空間すべてに物が溢れかえっていると、ディスプレイも活きませんから」とキッパリ。
また、近藤さんの持ち物の大半を締めるのが、国内外を問わずに集められたさまざまなジャンルの民芸品です。水差し、人形、器、お札など、アイテムの種類は幅広く、それら一番の見せ場は玄関脇にある近藤さん自身のワークスペース。書物がぎっしり並ぶ本棚の上には世界の民芸品たちをさらに密に並べ、さながらここは博物館の展示スペースのよう。
民芸品を求めて日本各地を訪れるため、陶工さんと直接話す機会も多く、沖縄、益子、山陰地方の現代作家の器がどんどん増えているのだとか。特に、素朴なやちむんの器は昔から好きで、キッチン奥に取り付けた食器棚には何枚ものお気に入りが保管されています。
キッチン壁面のオープンな収納棚には、古い北欧食器がズラリ。ロールストランドやARABIA(アラビア)といったヴィンテージ食器が“見せる収納”によって美しく陳列されていました。
こういった“見せる収納”をつくって、空間の引き算も同じように考えること。飾るだけではない、メリハリある部屋をつくるルールがここにありました。
リビングでは置くものを意図して減らし、厳選した人形や容れ物だけを並べています。そのおかげでスッキリした空間の対比が仕上がり、ゴチャゴチャしない空間でTVの映像に集中できるスペースが完成しました。
古民家だから和だよね、という固定概念を外して、リノベーションを楽しんだという近藤さん。照明やキッチンに工業的なデザインを取り入れたり、業務用のエアコンを備えたり、好きな要素を取り入れた結果、古いだけではない新鮮な住まいにつながりました。今や、意外と安価には買えない古民家。せっかく手に入れた物件だからこそ、自分の思いを形にする楽しさを実感してほしい、と近藤さんは話します。古いものの魅力をどう引き出すか、試行錯誤するのが古民家がベースの家づくりの醍醐味ではないでしょうか。
20歳でセレクトショップ「ビームス」に入社し、メンズカジュアルを扱う渋谷店のショップスタッフとして勤務。3年前に「ビームスジャパン」のバイヤーとなり、日本全国のさまざまな民芸品の仕入れを行う。古着好きが高じて、古美術や古道具の世界に魅了される。妻と3ヶ月の息子と愛犬の4人暮らし。
Photography/藤井由依(Roaster) Text/ 仁田ときこ Illustration/谷水佑凪(Roaster)