よしいちひろ さん
1979年兵庫県生まれ。柔らかなタッチの水彩を中心としたイラストで、雑誌や書籍、広告などで活躍。ファッションやもの選びの目利きとしても注目され、企業とのコラボ商品なども手がける。
7年前、息子の誕生を機に引っ越しを決意した、イラストレーターのよしいちひろさん。中古物件を購入してのリノベーションも考えていましたが、思い切って新築を建てることに。地元の工務店と話し合いながら、壁の仕上げや床板にいたるまで、ひとつひとつのディテールにもこだわりました。よしいさんの好きが詰まった家づくりの方程式を紐解いていきます。
東京郊外の閑静な住宅街に位置するよしいさんの自宅は、ロフト付きの2階建て。1階に寝室と仕事スペース、2階にリビングダイニングがあり、2階から階段を上がると右手にロフト、左手に小さなベランダがあります。
大きな窓に囲まれたリビングには、陽の光がきれいに差し込み、夫妻と息子の3人+犬1匹の日々を穏やかに支えています。
北多摩の緑豊かな環境に、よしいさんが7年前に建てた一軒家があります。窓の多いすっきりとした外観やこだわりが詰まった間取り見ると、建築家が設計した家のようにも思えますが、意外にも設計・施工は地元の工務店だったとか。
「見つけた土地が、工務店がすでに決められた条件付きの土地だったんです。偶然にも、家づくりを考えはじめたときに知人が紹介してくれた工務店と同じだったので、これも縁だなと。土地を決めた後は、その工務店にピンタレストやタンブラーで集めた画像で好きな家の雰囲気を送り、希望をたくさん伝えました」
工務店は後々メンテナンスが簡単な素材や造りを勧めてくるもの。家の見た目も大事にしたかったよしいさん夫婦と話し合いながら着地点を見つけ、徐々にプランが決まっていったのだとか。
「私のやりたいことだけを優先させていたら、後々、住みづらい家になっていたかもしれません。例えば巾木をつけるなど、工務店ならではの知恵を教えていただけたのは良かったと思います」
家全体を明るく見せている漆喰の壁も、工務店と相談の末に決まったことのひとつ。
「担当した左官屋さんがとても上手に塗ってくださったので満足しています。一見フラットですが、人の手で塗っているので有機的でもあり、光のまわり方もきれい。消臭効果もあるので、ペットと暮らす家に向いている気がします」
よしいさん宅の間取りの特徴は家全体がつながっていること。「それほど大きな敷地ではないので、部屋を区切ってしまうと寛げないと思って。全部がつながった家にしたいというのは、最初にリクエストをしました。部屋は大きく分けると、寝室とリビングしかありません(笑)」
寝室はあえて壁や扉で区切らず、仕事スペース、バスルームとつながっています。この寝室は位置もユニーク。玄関から入ってすぐの場所に位置しています。
「友人の家が同じような間取りで、真似させてもらいました。寝室は眠るだけなので、それほど日当たりが良くなくてもいいなと思って1階に」
仕事場にしているスペースは、玄関からつながる土間の突き当たり。床のレベルを寝室やバスルームから一段下げることで、オンとオフを切り替え。子どもの勉強スペースも隣にしつらえました。
ワークスペースの壁には本棚を取り付けて、資料にもなる本をたっぷりと収納。本棚のある空間を吹き抜けにして、2階の空間とつなげたことで上からも自然光が入り、閉塞感を感じない設計にしたのだそう。
階段を上った2階は、日当たりのいいキッチンダイニングとリビングに。キッチンは施主支給で設置したサンワカンパニーのものだそう。そのショールームを見に行ったとき、思わぬ副産物も。「工務店が最初に提案した床材がしっくりこなくて、他にもないかなと思っていたら、そのショールームにいろいろあるのを見つけたんです」
2階の中央にある階段を上がると小さなロフトが現れます。
「建てた頃はゲストが泊まれるようベッドを置いていたのですが、今はすっかり息子のスペースに。彼の友人も遊びに来ると真っ先にロフトに駆け上がっていきます」
屋根裏の秘密基地のような空間は、子どもの冒険心を刺激。ここで友達と話したり、遊んだりしたことは大切な思い出になるはず。家族の変化に合わせて役割を変えられる、便利なスペースになっています。
インテリアはもともと持っていた家具を中心に、気に入ったものと出合ったら買い揃えるというスタイル。使い道は買ったあとで考えるそう。
「IKEAの中古テーブルもあるし、キャビネットは日本やイギリスのヴィンテージです。国や年代などテイストを統一したくなくて、好きだと思ったら購入。いろいろなものをミックスしたほうが私らしさが出ると思っています」
気に入ったテイストを織り交ぜる感覚は、家づくりのディテールにも見られます。1階寝室の入り口は珍しいアール状にオーダーしました。漆喰の壁とあいまって、モロッコなど異国の雰囲気があります。
「普通はあまりやらないとのことで、大工さんも面白がってくれました」
また、ドアは付けずにカーテンを扉代わりに。
「きっちり仕切りたくないというのもありますし、素敵なドアは価格も高い。とりあえずカーテンにしてみたらけっこう良かったので、そのままにしています」
自分たちで選んだ寝室の床材は、あえて2階の床と仕上げや幅が異なるものに。
「リビングは幅の狭い木を使い、寝室は幅広にしました。寝室のほうは仕上げに白く塗ってもらったことで彩度が低くなり、眠る場所にふさわしい落ち着いた雰囲気になりました」
全体がつながっているからこそ、床の質感などを変えることで、それぞれの空間をゆるやかに隔てる。それが無意識のうちに気持ちの切り替えにも作用しています。
また、ちょっとしたところに自分らしさを加えるDIYの工夫もよしいさんらしいポイント。
2階に続く階段には落下防止の透明なアクリル板が取り付けてあり、そこをマスキングテープでデコレーション。これもよしいさんならではの遊び心です。
「木の幹をイメージして黒のマスキングテープを貼りました。外すのも簡単だし、自由に飾ることができる。ちょっとした模様替え感覚です」
その階段横の白壁には子どもの工作や絵などが無造作にアタッチされています。
「額縁が好きで、海外の蚤の市などで気に入ったら買っていました。展示で使うこともあるのですが、子どものなんてことのない絵でも額装すると素敵に見える。特に何も考えずにペタペタと貼っているだけですが、眺めていても楽しいです」
かわいくて心地よいスタイルで統一されたよしいさん宅のインテリアは、ディテールを覗くと、自由にミックスされたアイデアと工夫であふれていました。
水彩を中心とした優しいタッチが魅力的なよしいさんのイラストは1階の仕事スペースで描かれています。色を確認するのに欠かせない自然光もたっぷりと入ります。
「夫も私も家で仕事をすることが多いので、場所を決め込まずどうするのが今の生活にベストなのかを常に考えています。仕事スペースの移動もそうですが、家族の好みや生活スタイルは変わっていくもの。息子がもう少し大きくなったら寝室を子ども部屋に分ける計画もあります。家に合わせた暮らしをするのではなく、暮らし方に合わせた家でありたいと思っています」
変化に合わせてフレキシブルに動くフットワークの軽さ。それもまた、ひとつのスタイルにまとまりたくないという、よしいさんの自由な精神の表れでもあります。
部屋ごとに仕切らずすべてがつながっている間取り、ひとつのスタイルにこだわらず、好きなものをミックスするセンスやアイデア。それは子どもの成長や仕事のやり方などの変化に合わせていつでも変更可能という軽やかさにも通じています。目的や役割を決め込まず、しなやかに暮らす。その自由な感性が、家族の気持ちや家に心地のいい風を通しているのかもしれません。
1979年兵庫県生まれ。柔らかなタッチの水彩を中心としたイラストで、雑誌や書籍、広告などで活躍。ファッションやもの選びの目利きとしても注目され、企業とのコラボ商品なども手がける。
Photography/上原未嗣 Text/ 三宅和歌子 Illustration/谷水佑凪(Roaster)