斉藤葉子さん、榎本和馬さん
榎本和馬さんは建築の外構を担う職人。ただし、家づくりに関してはまったくの素人で、知らないことだらけだったそう。パートナーの斉藤葉子さんの仕事は医療事務。お互い平日は仕事があるため、週末を中心にコツコツとセルフメイドした。料理上手の葉子さんのパントリーには、家族が楽しむ自家製果実酒、自家製保存食などもストックされている。
築57年の古民家を解体し、床、壁、設備にいたるまでリノベーションをすべて自分たちの手で行った榎本和馬さんとパートナーの斉藤葉子さん。中でも2人がこだわったサウナ付きのバスルームは、サウナから湯船、外のテラスまでがひと続きの空間のようになっており、心地良さを追求する暮らしの象徴ともいえます。
「やろうと思えばできないことはない」と、丸ごと手づくりした平屋の、家づくりの方程式を紐解いていきます。
東京郊外の豊かな自然が残る集落に、アウトドア好きの2人が住む一軒家があります。古い民家を一度壊してスケルトン状態にしてから、壁を作ったり、窓を入れたり、キッチンやお風呂を設置したり。それらをプロの手を借りずにすべて自分たちで行ったというから驚きです。かかった年数は2年間。まったくの素人が家をハンドメイドすることについて、詳しく話を聞いてみました。
「物件探しには2、3年かかりました。もともと住んでいたあきるの市周辺がいいなと思っていたのですが、市街化調整区域の古家付き土地に絞って探していたので、条件に合うものがなかなかなくて」と、和馬さん。
市街化を抑制している地域。住居や商業施設などの建築は原則認められていないが、自治体に申請を出すことで建築可能になる場合も。住宅の建築が可能な場合には、土地代や固定資産税が安いというメリットがある。
「この家はたまたまネットで見つけました。駅から徒歩圏内で、見晴らしがよく、価格も手頃と、すべての条件が揃っていたので即決でした」
そのままでも住めないことはありませんでしたが、築年数が経っているため手直しは必須でした。ところが、工務店に相談をしたら改築費が高額になってしまうことが判明。「だったら、自分たちで作ろうと思ったんです。最初からセルフリノベするつもりはなかったのですが、なんとなく始めてしまった、というのが正直なところです」
まずは小さく分かれていた部屋をすべて解体してスケルトンにするところからスタート。天井板を取り除き、土壁だった壁を崩し、床を抜き、不要な柱も外していきました。当初はそれほど大掛かりにするつもりはなかったそうですが「解体していたら弾みがついてしまって」と、どんどん壊し、大きなひと間のリビングダイニングに。
「全部取り払ってから壁、床、キッチン、お風呂などを作っていきました。やり方はすべてYouTubeで見て。なにしろ素人ですから常に20〜30のチャンネルをチェックしていました(笑)」
解体が終了したらリビングダイニングから着手。眺望のいい南側に大きな窓を取り付け、壁はホームセンターで売っているOSB板を使用。壁、床、天井すべてにニュアンスのある木を使っていますが、材料はホームセンターで購入したり、和馬さんの仕事現場からもらってきたものなどを利用したそう。
もともとあったキッチンも好みの位置に変え、排水管の引き込み、リビングの床暖房も自分たちで設置したそう。
「法律で禁止されているもの以外は、素人でも意外とできるみたいです(笑)。ノリで作ったので図面もなく、作りながら考えていきましたが、どうにかなるもの。わからないことがあればYouTubeで検索、という感じです」
キッチンは料理好きの葉子さんの希望を取り入れたもの。「キッチンは料理しながらおしゃべりができるよう、リビングと同じ一部屋にしたかったんです。友人を招いてみんなで料理をすることもあるので、かなり広めにスペースを取ってもらいました」と、葉子さん。
「作業台はもともと持っていたキャビネットと新たに買った収納棚を並べて、手作りの天板を渡しました。とにかく大きなスペースを取りたくて。システムキッチンの方は、オーブン料理を熱々のままのせられる御影石です。きれいに拭けば、このままパン生地をこねることもできます」
葉子さんが「作って大正解だった」というのは、天井まで棚を取り付けたパントリー。「調理道具もたくさん持っているので、これだけ容量があるとすっきり収納ができます。日本酒が好きなので、一升瓶を立てて置ける高さの棚も作りました」
もうひとつ、2人が家づくりにおいてこだわったのは「サウナ付きバスルーム」です。 「最初から計画していたわけではないのですが、僕の実家にもサウナがあり、2人とも温泉が好きなのでサウナをつくることに迷いはなかったですね」と和馬さん。
外の景色を眺めながらお風呂に入る、というのは和馬さんがどうしてもやりたかったこと。
「大きな窓がある風呂の写真を見て、絶対にこうしたい!と思ってたんです。イメージソースの写真では引き戸でしたが、ここは折れ戸に。全開できます。湯船からそのままテラスへと出ることができ、目の前を遮るものが何もないのでたまらなく気持ちいいですよ」
バスルーム作りは、まず柱で空間を3等分。そこに壁を取り付け、お風呂場とサウナのスペースを作りました。防水パネルを張り、壁の焼杉板にも防水塗装を施し、水が漏れないよう完璧にガード。
「お風呂はちょっと贅沢しようと思って、高級シャワーヘッドにしました。キッチンを買ったのと同じ新古品を扱うショップで購入したものです」
サウナストーブはロウリュ(焼き石に水をかけて蒸気を出すこと)もできる、サウナテント用のもの。「準備に時間がかかるので毎日は入れないのですが、1日ゆっくり時間が取れる日はワクワクしながら、ストーブに火を入れます」と、葉子さん。
サウナで体を温め、湯船に入り、テラスで涼むというリゾート顔負けのフルコースを自宅で実現しています。
葉子さんも和馬さんも手を動かすのが好きで、山登りやサーフィン、ダイビングなどアウトドアも共通の趣味。好みが似ているせいか、家づくりに関してもそれほど揉めることはなかったそう。
「キッチンは葉ちゃん、お風呂は僕がこだわりましたが、特に意見が分かれることはありませんでした。2年間、平日夜と日曜日はずっと作業していて大変ではあったのですが、心が折れることもなく喧嘩もしませんでした」
リノベーション中は電気もガスもない中で作業をしていたので、初めてガスが通ったときは、2人とも「涙が出るほど嬉しかった」と言います。「これまでは当たり前だと思っていたのに、ガスってこんなにありがたいものなのかと、改めて実感しました。家づくりを通して精神的にも鍛えられた気がします」
それは、自分たちで作ったからこその感動と発見でもあります。
また、家中にあふれる植物も2人が大切にしていることのひとつ。大小、数えきれないほどの鉢植えが部屋中に飾られています。自然に囲まれた立地ですが、家の中にも緑を取り込むことで、内と外がひと続きになっているような感覚に。これもアウトドア好きの2人には必要な心地良さです。
「以前は家にいるのが嫌いだったのですが、今は逆に家にいたい。ここだとずっといてもストレスにならないんです。生活が大きく変わりましたね」と、和馬さんは言います。
次は庭に小屋を建てようと計画中。「ゼロから建ててみたくなって。まずは小屋からやってみようかな、と思っています」
その小屋は葉子さんの料理づくりの拠点になる予定。すっかり家づくりにハマり、建築施工管理技師の資格取得も考えているそう。セルフメイドしたことで家の構造を理解できるようになった2人。この先もどんどん進化していきそうです。
一軒家のフルリノベーションを素人がやるのは無理なのでは?と思いがちですが、やってみると意外にできてしまう、という実例が葉子さん&和馬さんの家。
解体から配管、床暖房に至るまで、ほぼすべてを自分たちだけで完成させました。セルフリノベーションで、こだわりのサウナ付きバスルームを設置し、できることは何でもハンドメイドする。この方程式によって、家にいるのが嫌いだった2人が逆に大好きになってしまったという変化も生まれました。自分の手で作るという誰もが知っているけど、なかなかできない行為は、自分自身も知らない新たな心地良さに気がつかせてくれるのかもしれません。
榎本和馬さんは建築の外構を担う職人。ただし、家づくりに関してはまったくの素人で、知らないことだらけだったそう。パートナーの斉藤葉子さんの仕事は医療事務。お互い平日は仕事があるため、週末を中心にコツコツとセルフメイドした。料理上手の葉子さんのパントリーには、家族が楽しむ自家製果実酒、自家製保存食などもストックされている。
Photography/上原未嗣 Text/ 三宅和歌子 Illustration/谷水佑凪(Roaster)