桃生亜希子さん
1976年生まれ。’96年に資生堂『ノーカラーファウンデーション』のCMでデビュー。映画『ロスト・イン・トランスレーション』『鉄男 THE BULLET MAN』などに出演。旅好きでもあり、特にニューヨークとバリは数えきれないほどリピート。その経験などライフスタイルをまとめたWEBサイトも注目を集めている。
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俳優・桃生亜希子さんがリノベーションしたのは、かつて自身が住んでいた思い出の家。その記憶と向き合いながら、旅好きの彼女の気持ちを盛り上げる、エキゾチックな配色の家に生まれ変わらせました。自然に囲まれた地で、旅の記憶や音楽を身近に感じる豊かな生活。思い出、色、アート。桃生さんの家を形作る、その3つの方程式を紐解いていきます。
トンビが空を舞う、山にも海にも近い神奈川県の一軒家。俳優として活躍する桃生亜希子さんが、家族と住む場所です。この家は彼女が4歳から14歳の10年間、両親と弟とともに暮らしていたところ。だから、思い出もたくさんあると言います。その家を引き継ぎ、今の暮らしに添うよう約5年前にリノベーションしました。
海まで徒歩15分。天窓のついた吹き抜けになっている廊下を抜けると、1階にキッチンとリビングダイニングがあります。
人工大理石のカウンターがついたL字形のキッチンは、友人たちが遊びに来たときにみんなで一緒に調理できそうな広さ。外壁には北欧の古い家のような木板が使われ、築41年とは思えないほどモダンなつくりです。
「両親が新築で建てた家で、それまではマンションに住んでいました。この家ができたとき私は4歳。引っ越しの日は『帰りたくない』と駄々をこねていたんですが家を見た途端、はっと泣き止んでワーッと喜んで中に入ったのを覚えています」
そんな幸せな記憶のある家に約35年ぶりに帰宅。戻ってきた当初は思い出がありすぎて、それに圧倒されている感じだったとのこと。「最初のうちはジーンとして、何も考えられませんでした。でも、徐々に今とこれからを考える、という方向に気持ちが向いてきたんです」。それは「これから自分の家族と新しく住む」と、時間と空間を塗り替えていく感覚だったそう。
そして、自分たちの暮らしに合わせたリノベーションをすることに。間取りはそのままキープしつつ、「大きく変えたのはリビングの床。掘りごたつのように四角く下がっていたところがあったのですが、すべてフラットにしました。同時にカーペット敷きだったのをフローリングに変えました」
また、桃生さんがつけたいと願ったリビングのハンモックは、もっぱら息子さんとその友達の遊び場に。
「グルグルねじってまわしたりと、まるでブランコのようにして遊んでいます。ハンモックはどうしても部屋につけたくて、そのために天井も補強しました」
桃生さん宅のリノベーションで特徴的なのは何といってもカラフルな色に塗られた壁!お願いしたのは、地元の建築・設計事務所でした。リノベーションを進めるにあたっては、自分がどういう雰囲気が好きなのかを伝えることから始めたと言います。
「設計事務所さんが写真や本をたくさん見せてくれて、私が言葉にできないところも整理してくれました。私は基本的に木を使った暖かい感じが好きなのと、旅や音楽も好きなので、そういう雰囲気を取り入れていただきました」
たとえば、放浪しながら暮らすボヘミアンをイメージした民族的な雰囲気と、ニューヨークのソーホーのようなモダンな暮らしを掛け合わせた“ボーホースタイル”が、桃生さんの好み。壁の色もモロッコやメキシコを思わせる、エスニックな色合いに。
ボーホーとは、自由を求めて放浪する人々を指す「ボヘミアン」と、ニューヨークの倉庫街「ソーホー」を掛け合わせた言葉。民族調のエスニックテイストと都会的でアーティスティックな雰囲気をミックスさせたインテリアのスタイルのひとつ。
「1階にはもともと白っぽい壁紙が張られていました。廊下にはまだ残っていますが、それを剥がしてペイント。色は提案いただいたものの中から、いいな、と思うものを一緒に決めていきました。カラーパレットを見るだけではわからないので、実際に少しだけ塗ってもらったところも。でも、大きな面になるとうるさいかな、とちょっと心配でもあったんです。ですが、仕上がってみると飽きがこないし、うるささも感じません」
キッチンはブルー、ダイニングはウグイス色、洗面所はハチミツのような黄色に塗られ、彩度や色調が揃っているせいかごちゃごちゃした印象はありません。
「自分だけで選んでいたらまとまらなかったかもしれません。私だけの家だったらピンクとかも選んでいたかもしれませんが、家族もいるのでみんなが落ち着ける色、というのも意識しました」
壁の色を塗り替えることで印象をがらりと変えた桃生さん宅ですが、椅子やテーブルなど家具のほとんどは、この家にもとからあったものや、昔から使っているものなのだそう。
「リビングのテーブルは両親が使っていたもので、籐のソファは私が昔から持っていたものをクッション生地を張り替えて使っています。もっと新しくしてもいいのですが、今あるものでも問題ないので、これだ!というものに出合えるまで大切に使おうと思っています」
もとの家のつくりがいいこともありますが、“使えるものは使う”というのは、今の時代にあった考え方でもあります。安易に捨てるのではなく、生かす方法を考える。それもこれからの家づくりに必要な知恵なのかもしれません。
桃生さんとハワイ出身の夫の共通の趣味は音楽で、その好みが家づくりにも影響しています。リビングに置かれた大きなオーク材のシェルフにはレコードがたくさん。このシェルフはリノベをした際に特注で作ったもの。
「弟が持っていたターンテーブルを置くためのシェルフがほしいと設計事務所さんに相談して作っていただきました。ターンテーブルの下にはレコードなど、上段には夫の好きなスターウォーズなどのキャラクターもの、私の趣味の民芸品など、家族みんながそれぞれ好きなものを飾っています」
作り付けの家具を作るとき、メインにしたい収納アイテムがわかっているとサイズや仕様が決まりやすくなります。その意味では桃生さんのシェルフは理想的。リビングの大きなアクセントになっています。
シェルフと同じオーク材が張られたリビングの壁はアートを飾る場所。ひときわ目を引く長方形の大きな絵は「HAMADARAKA」という双子のアーティストの作品です。
「ちょっと中世っぽい雰囲気があり、毒もあってすごく魅力的。私の好きなフリーダ・カーロにも通じる感じがあります。これはジャングルの絵で、偶然なのですが、夫も私もこの壁にはジャングルの絵を飾りたいとお互い思っていたんです。夫と息子と私の干支が蛇、辰、犬なのでそれを潜ませてもらい、あとは自由に描いていただきました」
そのまわりを彩るのは息子さんの作品。壁をギャラリーにするというのも、家を楽しくさせるアイデアのひとつです。
スケートボードに脚をつけた〈core〉のスツールも、アート好きな桃生さんならではのインテリア。使い終わったり、壊れたりしたスケートボードのデッキを再利用した作品です。
「夫がスケートボードをするのと、私も10代の頃にやっていたので、そのつながりで購入しました」
桃生さんが好きな民族音楽や旅の思い出など、彼女自身を形成しているものが、この家には詰まっています。だからこそ、何々スタイルといったカテゴリーに収まらない、唯一無二の家になっているのかもしれません。
リノベーションで考えたいのは、何を残して何を変えるのか。桃生さんは、間取りやキッチンはほぼ変えず、壁面の仕上げなどを自分たち好みにすることで、新たな空間に生まれ変わらせました。思い出がたくさん詰まった家だからこそ、家具をそのまま引き継いだり、弟の持っていたターンテーブルを蘇らせたり。両親と暮らしていた頃と自分の家族との新たな生活。桃生さん宅を形作る3つの方程式を組み合わせることで、ひとつの家のなかで現在、過去、未来が地続きになりました。
1976年生まれ。’96年に資生堂『ノーカラーファウンデーション』のCMでデビュー。映画『ロスト・イン・トランスレーション』『鉄男 THE BULLET MAN』などに出演。旅好きでもあり、特にニューヨークとバリは数えきれないほどリピート。その経験などライフスタイルをまとめたWEBサイトも注目を集めている。
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Photography/上原未嗣 Text/ 三宅和歌子 Illustration/谷水佑凪(Roaster)