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アキナイガーデン,AKINAI GARDEN STUDIO,梅村陽一郎,神永侑子 DATE 2022.07.15

「窓がない暗さ」を「居心地の良さ」に。
建築家夫婦がリノベーションした洞窟ハウス。

横浜のとある商店街沿いに建つ古いビル。その1階にシェア店舗「アキナイガーデン」を運営しながら、同じ建物内の一室で暮らすご夫婦がいます。建築家ユニット「AKINAI GARDEN STUDIO」の梅村陽一郎さんと神永侑子さん。賃貸でありながら、許可を得て全面リノベーションをしたという2人の家は、空間の真ん中に真っ黒な「洞窟」がある不思議なつくりとなっています。「暗い空間」をポジティブにとらえた、梅村さん夫婦の家づくりを紐解きます。

家づくりの方程式
賃貸ビルの一室を
リノベーション
洞窟つきの
「メリハリがある家」
壁や建具の塗料は
自作で好みの質感に

オーナーさんが、古くなった建物のアップデートのやり方として、リフォームするより誰かがデザインした特徴的な家づくりをすることで、暮らし方に感度を持った住人を集めたい、という想いを持っている方」なのだそう。

2人が運営する「アキナイガーデン」の活動をオーナーさんが応援してくれていることもあり、同じビルの上階にあったこの部屋のデザインを任せてくれたのだとか。「改修内容をプレゼンして、工事費も協力してもらいました」と陽一郎さんは言います。

賃貸ビルの一室をリノベーション
 

方程式
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実は、現在住むこの家に引っ越す前は、同じビルの2軒隣の部屋に住んでいた梅村さんご夫婦。「会社の同僚がパートナーと同棲する家を探してたんです。この部屋が空いていたので、住んでもらうつもりで案内したんですけど、広すぎるって言われて。それで、元々僕たちが住んでいた42〜43㎡の部屋を譲って、60㎡あるこっちに僕たちが引っ越してきました」

「まわりに知り合いが増えていくのが楽しいので、せっかくなら近くに住んでもらいたいなって思いがあって」と侑子さん。2人の住まいに対する考え方の基本は「人が集まってくる場所にしたい」というもののようです。

このビルとの出合いも、元々「人が集まる店舗付き住宅」を探していたという経緯があったから。「まわりの人に言っていたら、このビルのオーナーさんが一棟じゃないけど、1階の店舗と3階の住居が空いているから一緒にどう、って言ってくれて」

「店舗付きの生活って楽しそうだなってずっと思っていたんです。例えば、私たちは植物が好きなので、1階で植物を売りながら自分達で世話をしたりしたら、近所の植物好きの人が集まって来そうでいいなって」と侑子さん。

その後相談の末、1階は植物屋さんではなく、日替わりで色々な人がお店を開くシェア倉庫&店舗に仕上がりました。「地域に開いたお店を持っていると、仕事も関係ない人が集まってきて繋がったりする。モノを通して、同じ趣味の人が集まってくるのが楽しいんです」

そういった考え方の延長として、知り合いに前の家を譲ることになり、そこより少し広い現在の家に引っ越した2人。オーナーさんへのプレゼンを経て、1ヶ月ほど掛けて全体をリノベーションしました。

洞窟つきの「メリハリがある家」
 

方程式
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元々4部屋だった間取りは「3部屋+洞窟」という一風変わった部屋割りにリデザインされます。「洞窟を作る」というアイデアの素になったのは、リノベーション前からあった「窓がない部屋」だったそう。

「暗い部屋を頑張って明るくしようと思っても、薄暗くなりがちだなと思って。それだったら暗い状態を生かした居心地の良い部屋にしたいなと思いました」。以前住んでいた2軒隣の家も「ちょっと薄暗い部屋」だったそうですが、「暗くても心地がいいんだ」と気がついたと言います。

プランを考える際は「洞窟やトンネルの中から明るい外を見ている写真などをイメージした」と侑子さん。「思い切って暗い部屋を作った方が、空間が均質的じゃなくなってメリハリがつくんじゃないかと思って。黒い部屋はそれまで作ったことがなかったのでヒヤヒヤしましたが、住んでみたら、意外といけるということがわかりました」

洞窟にはアールのついた3つの入り口をつけ、少し光が漏れるグレーの布をドア代わりに。完全に光を遮断せず、緩やかに他の部屋とつながるデザインにしています。

天井を抜いて高さを出した洞窟の中は、さらに小屋のような小さな屋根をつけ、その下をくつろぐスペースに。その上は階段で上り下りするベッドになっています。

ベッド下からは洞窟の壁を使ったホームシアターを楽しめる

「洞窟」コンセプトはデザインの細部やインテリアからも伺えます。

部屋の解体をした際、洞窟の入り口部分にガス管が通っていることに気がつき、最初のプランにはなかった段差を一段作ることに。モルタルを流し込んだ床は、本来最後に平らに仕上げるそうですが、あえて波打った表面をそのままにしたそう。小さなディテールですが、本物の洞窟のような雰囲気をつくりだしています。

洞窟の中は家具も意図的にあまり置かないようにしている、と陽一郎さん。「友達が集まったりすると、中で飲み食いするんですが、それぞれ階段や段差に座ったりして、自然の洞窟っぽい感じを楽しめていると思います」

壁は全体を黒で塗り、洞窟内の薄暗さをつくっていますが、外側だけはツヤありの塗料を選び、表面に光沢が出る仕上げにしたそう。外から見たときにあまり重々しくならない工夫です。

また、「暗い部屋のまわりに3つの性格が違う部屋があると、食事をしたり、仕事をしたりするときも場所を選べていいなと思った」と侑子さん。桜が見える部屋、キッチンのある部屋、本や音楽を楽しめる部屋の3つが中央の洞窟を囲み、どこに居ても違う雰囲気を楽しめる家になっています。

壁や建具の塗料は自作で好みの質感に
 

方程式
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大きな洞窟のほか、梅村家で印象的なのは、ユニークな質感の壁や床、建具の表面。その多くは、陽一郎さんが自ら材料を買い、配合して用意したものだそう。

家の大部分の壁は動物の革のようにも見える、フワフワとした薄いグリーンの不思議な素材。「家の全面に使っているのは珍しいと思います。輸入材料なんですけど、綿の塊のようなものと水を入れて練ると、ちょっとドロドロした感じになる。それを塗ってます」

試作中だというソファ用のデスクや、窓辺の円形テーブルの表面は、塗装職人さんとコラボしたオリジナル。リノリウムという素材を構成する材料の1つをカスタマイズして左官材にし、表情を出しているのだそう。

ドアや棚などの建具はラワン材が多用されています。「ラワンって昔はちょっと赤っぽいのが多かったんですけど、最近は白いものが多いんです。なので、昔のラワンっぽくなるように上から塗装してるんです(笑)」と侑子さん。「『toolbox』さんがラワン色の塗料のレシピをHPで公開してて、それをアレンジして使っています」

2人が建築家ユニット「AKINAI GARDEN STUDIO」としてオーダーを受ける際も、住む人の雰囲気に合わせて全体の仕上げ方を調整するそう。「もし家づくり自体を楽しむのなら、ある程度こちらに任せて、直接的じゃないオーダーをするといいかも」と侑子さんは言います。

「どういうライフスタイルにしたいかを聞いてプランを考えるんですが、自分では普通のことだと思っていても、実はその人の個性的な特徴だったりする。なので、『白い家がいい』みたいな直接的なオーダーより、『こういうのが好きだな』くらいの雑談をいっぱいするといいと思います」

ちょっとしたDIYがさっとできる広い土間

家づくりを始める際はとにかく具体的なオーダーをしなきゃいけないと焦りがちですが、自分の好きな雰囲気を伝えて、あとはプロに任せてしまうのもアリみたい。「こんな暮らしがしたいな」くらいのラフなアイデアを、雑談ベースでしてみるのが良さそうです。

(方程式のまとめ)
光と素材にこだわると、家の居心地の良さが変わる

陽一郎さんと侑子さんの「洞窟のある家」を紐解いてみると、ずっとそこに居て心地が良い空間へのヒントが見えてきました。家で仕事をする人が増えた今、完全に引きこもれる真っ暗な空間が家のどこかにひとつあると、オンオフの切り替えがもっと自然にできるはず。壁の色や素材も部屋ごとに変えたりと、気分も変えてくれる家を自由に考えてみると、新しい家づくりのアイデアが湧いてくるかもしれません。

梅村陽一郎さん、神永侑子さん

建築家ユニット「AKINAI GARDEN STUDIO」として、店舗や住居、イベントの空間デザインを手がけている。自宅のあるビル1Fではシェア店舗「アキナイガーデン」を運営。

Photography/上原未嗣 Text/ 赤木百(Roaster)  Illustration/谷水佑凪(Roaster)