須長檀さん 須長理世さん
家具デザイナーの檀さんとテキスタイルデザイナーの理世さん。北欧の手仕事とオリジナル家具を集めたセレクトショップ、ハルニレテラス内「ナチュール テラス」を軽井沢で運営。2021年8月に御代田写真美術館MMoPの敷地に地元作家と作るオリジナル家具・雑貨と現代フォトアートのショップ「ラーゴム」もオープン。
軽井沢にてインテリアショップ「ナチュール」と「ラーゴム」を営む須長理世(みちよ)さん、檀さん夫妻の家は、彼らの理想の暮らしを具現化したもの。長くスウェーデンで暮らしていた経験から、自然の近くで暮らしたいと軽井沢の森の中に家を建てました。総床面積は約178㎡とコンパクトでありながら、広々とした空間を確保。家に対する二人の理想を叶えた、家づくりの方程式を紐解いていきます。
森に囲まれた別荘地の一角に建つ、くの字形の一軒家。そこに須長夫妻と2人の子ども、2匹の猫やウサギ、トカゲなどの生きものたちが一緒に暮らしています。
この家に引っ越したのは2016年。土地探しから始めて、敷地を開墾し、地元の工務店と話し合いながら建設。建物の完成=家の完成とは捉えず、経年変化が楽しめる素材を多用することで、年月を重ねてさらに美しくなる家を目指しました。
「軽井沢の賃貸住宅に住みながら、3年近くかけて土地を探しました。ここは自分たちで見つけた場所で、売りに出ていなかったのですが、不動産屋さんを通して持ち主に連絡してもらい、譲っていただきました。最初は木が生い茂っていたので、それを伐採し、開墾するところからスタート。敷地内に小さな川が流れているのですが、それも切り拓くまで気づきませんでした」と、檀さん。
その小川も家を建てる位置や仕様に影響を与えたといいます。
2000年から10年間、デザインの仕事のためスウェーデンに住んでいた須長夫妻は、日本で住むなら軽井沢だと最初から決めていたそう。
「スウェーデンにいた時に住んでいたのは、イェーテボリという港町だったんです。そこはほんのちょっと自転車で移動するだけで森の中に入れて、自然ととても近い街でした。日本でも同じような環境がいいと思っていて、軽井沢なら自然もあるし、文化もある。それがいいなあ、と思ってこの地で住む場所を探しました」と檀さん。
理世さんも「利便性を考えると、駅の近くやスーパーマーケットがある中心地のほうがよかったのかもしれませんが、どうせ移動は車なので、アクセスの便利さよりも森に囲まれているといった、自然環境の豊かさのほうを優先しました」と、意見が一致したそう。
雪の降り具合や木の葉の落ち方など、四季の変化を見極めながら土地を探し、今の場所に決定。林を切り開き、家は新築することに。「ナチュール」のお客様だったという地元の工務店に依頼し、そこの大工がほぼ一人で建てたといいます。
「開墾してみたら小さな川が出てきたので、これは大変だと。土を掘ると水が湧き出るし、湿気対策もしなくてはいけません。居住スペースを2階にしたのは、湿気を避ける意味もありました。また、軽井沢の場合、自然保護のため最低敷地面積は300坪、建ぺい率は20%以内にしなければいけないといった決まりがあります。小川を避け、なるべく道路側に建てて、家の奥にプライベートな森の庭が広がるようにしたいという意図があったので、必然的に家を建てる位置が決まっていきました」
家づくりのほとんどを一人の大工が担当してくれたこともあり、フレキシブルに対応してもらえてよかったと檀さん。
「建てている最中に、壁だった予定のところをやっぱり窓にしてください、と開いてもらったり、床材やキッチンの位置も相談しながら進められたので、本当によかったです。また、地元の工務店なので湿気対策や寒さ対策を始め、軽井沢ならではの細かな条例も熟知しているので、安心して一緒に作ることができました」
家の間取りはとてもシンプル。1階は土間になった玄関と庭に直結するアトリエがあり、2階も大きな一部屋と寝室があるだけ。そのシンプルさが二人の家づくりにおける一番の希望だったといいます。
「広い空間を作りたいというのと、土足OKなアトリエが欲しいというのは、最初に希望しました」と理世さん。
「その上で、廊下は作りたくないとオーダー。廊下をなくした分、大きな空間になるよう家の形を工夫しました。途中、2階にデッキをつけたらいいのではという提案もありましたが、メンテナンスが大変。なので、それはなしにしてもらい、その分の面積をサンルームにしてもらいました。なるべく多く窓をつけて室内でも自然を感じたかったので、結果的に正解だったと思います」
模様変え好きの理世さんの手により、季節や気分に合わせてしょっちゅう家具の位置が変わるという須長家。「だから家具の配置換えが自由にできるよう、部屋を分けず、ひとつの大きな空間にしたかったんです」
家の形がくの字になっているのは、柱が少なくても屋根を支えられる強度を出すため。そうすることで、廊下のない開放的な間取りが実現しました。
唯一、窓側のサンルームとの区切りに、インテリアのテイストに合わせた大きめの枠の障子戸があり、冬はここを閉めることで暖かさを確保。
「分厚い扉をつけるよりも、光をぼんやりと感じるくらいの障子がちょうどいいと思って。1枚あるだけで空気の層ができて暖かいですね。うちは窓にカーテンもないんです。布って意外に主張が強いので、ないほうがすっきりと暮らせます」
その代わり、無機質になりすぎないよう、サンルームの天井にはスウェーデンの壁紙を張り、程よいアクセントに。
壁一面に設置されたキッチンは、檀さんが設計し、大工に作ってもらったもの。家具のような感覚で使えるものを、という理世さんのオーダーに応え、最小限の機能のみが効率よく収められています。
須長さんの家全体に通じるのは、経年しても楽しめるということ。2階のパイン材の床は最初は無塗装でしたが、自然塗料で白くペイント。家具を動かした跡や動物たちが走り回ってできたキズが味となっています。
外壁は無垢の杉材。白かった色がだんだんと茶色くなってきて、最終的には寺社のようなグレーに変化していくとのこと。その変化こそが、自分たちの暮らしの足跡となります。
「そういった経年を愛する気持ちはスウェーデンでの暮らしから影響を受けたのかもしれません」と、檀さんはいいます。
「スウェーデンでは新しいものから古いもの、安いものから高いものまでが雑多に並んでいて、どんな人もそこから自分の価値観に合うものを見つけるというのを日常的に行っているんです。そういうもの選びって素晴らしいな、と思います。目的から探すのではなく、これは買わなければと思うような出合いを感じるほうが、僕は素敵な気がします。そして、そういう出合いはアンティークやヴィンテージに宿っていることが多いんです」
自身が運営するショップでも、ものとの関係性で暮らしを紡いでいくことを大切にしている須長さん夫妻。もの単体の魅力だけでなく、暮らしにどう取り入れるかを提案したり、ものの持つバックグラウンドやストーリーをともに紹介するよう心がけているといいます。
「この家は実験場でもあるのかもしれません。スタイルや様式に捉われずに暮らしてほしいという店づくりをしているので、私たちの暮らしも自分たちの価値観を第一に考えるようにしています。だから家具でも様々な素材や年代がミックスされています」
家具は用途を限定するのではなく、見立てて使うことも多いとのこと。例えば薪入れにしているアンティークの銅製容器。もともとは果実酒を絞るためのものでしたが、大きさも佇まいも薪入れにちょうどいいと活用。水を濾過するための部品の一部は植物のポットカバーにしています。
玄関のドアの取っ手には木製のクワが使われ、ブルーベリーを積むためのカゴを郵便物受けの代わりに設置。ここにも須長さんたちのユニークな発想が表れています。
須長さんの家で自由なアイデアで使われるさまざまな年代、国の家具や建具からは、「家具をただの収納道具だとは思っていない」と理世さんが語るように、2人にとってのかけがえのない価値を感じることができます。
スウェーデンでの暮らしを経て、森の中に住むため軽井沢に居を構えた須長一家の家は、変わっていく生活に合わせて自由に使える、自分で決めた暮らし方ができることを基本としています。それは北欧暮らしで培った考え方であり、彼らの暮らしを支えるベースになっています。そのためには自然に近いことと、廊下のない広々とした空間が必要で、建材やインテリア素材も美しく経年する無垢材を選ぶのが基本。3つの方程式から導き出された家は、2人の価値観の凝縮でもありました。
家具デザイナーの檀さんとテキスタイルデザイナーの理世さん。北欧の手仕事とオリジナル家具を集めたセレクトショップ、ハルニレテラス内「ナチュール テラス」を軽井沢で運営。2021年8月に御代田写真美術館MMoPの敷地に地元作家と作るオリジナル家具・雑貨と現代フォトアートのショップ「ラーゴム」もオープン。
Photography/上原未嗣 Text/ 三宅和歌子 Illustration/谷水佑凪(Roaster)