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モダンガール,淺井カヨ,郡修彦 DATE 2020.03.18

令和の「モダンガール」淺井カヨさんが蘇らせる昭和の暮らしとは?小平文化住宅を訪ねる ー前編ー

モダンガールとは、婦人服がまだ和装中心だった大正末期に現れ始めた、洋服も着こなし自分らしく生きた女性たち。淺井カヨさんはそのモダンガールに憧れ、大正末期〜昭和初期のライフスタイルを研究・実践する女性だ。音楽史研究家の夫・郡修彦氏とゼロから作った「小平新文化住宅」では、懐かしくも新しい「暮らしの実験」が営まれていた。
淺井カヨさん(43)

1976年(昭和51年)、愛知県生まれ。「日本モダンガール協會」代表。大正、昭和初期に関する執筆、催事の企画、展示、講演等を行う。2016年晩秋に、大正末から昭和初期の洋館付き住宅を模した「小平新文化住宅」が完成。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)、共著に『東京府のマボロシ』(社会評論社)など。

小平の住宅街でタイムリープ

東京都小平市の住宅街。そこに、往時のレトロな薫りと、明らかな新築感の組み合わせで異彩を放つ一軒がある。それもそのはず、これは1920〜30年代にかけて流行した和洋折衷の「文化住宅」を参考に生まれた、2016年竣工の住宅なのだ。

「止まれ」と言われなくても立ち止まらざるをえない存在感。

そこへ個性的な自転車で帰ってきた、モダンないでたちの女性。

上野の骨董市で購入した自転車、その名も「サンビー号」。

―あの、もう聞くまでもないかなとは思うのですが、淺井さんでしょうか?

淺井さん:
はい。ようこそいらっしゃいました。今日は配偶者で音楽史研究家の郡修彦も家におりますので、夫婦でお話しさせていただけたらと思います。
四目垣(よつめがき)に囲まれた和洋折衷スタイルが、「小平新文化住宅」の特徴だ。カラカラ開く和風引き戸の玄関をくぐり、漆喰壁の洋風応接間へ。
おぉ… 室内はさらに、タイムスリップ感が…!

応接間の照明は1920年代のフランス製。壁際の古いSP盤レコードは、夫の郡修彦さんのコレクション。

―この家は、お二人で建てられたんですか?

淺井さん:
はい。大正・昭和初期の文化が大好きで研究してきたのですが、結婚して新居を構えようとなったときに、やはり自分の愛する時代の住宅を出来るだけ参考にしたいと思ったのです。

お召し替えしてくれた淺井さん。1930年代のアンティークドレスは美しいシルエット。

淺井さん:
でも、ただ見た目を模倣しているわけではありません。研究の一環だと思っておりこの家での暮らしを体感すると、当時の暮らしや文化がより理解できる気がします。
郡さん:
お互い当時の事は知りたいことが多過ぎて、調べる時間が足りないほどですが、ここで暮らすことでの発見も多いですね。そういう意味では、効率も良いのかもしれません。

―その考え方は、驚きです。お二人とも、小さい頃から、その辺りの時代にご興味が?

淺井さん:
さかのぼると、小学校低学年のころ訪れた愛知県の「明治村」と岐阜県の「日本大正村」が最初のきっかけです。そこに保存された古い建物に、なぜかすごく惹かれたのです。

―そこから古き良き時代にのめり込んで行ったのですね。

淺井さん:
当時のモダンガールたちに興味を持ったのは、大学でデザインを学び始めてから。彼女たちのファッションや文化を調べ、当時を知る女性にもお話を聞くなどして、自分でもその当時の暮らしを実践してみたくなったのです。

―2007年からは「日本モダンガール協會」を立ち上げ、代表をお務めですよね。

淺井さん:
趣味の近い方々との情報交換は楽しく、刺激になります。一方で最近は、こうした暮らしの魅力をより広く発信できたらとも思っています。いわば「広報活動」ですかね。

モダンガールへの憧れが、実践に変わる

音楽史研究家の夫・郡修彦さんと、淺井さん。

淺井さん:
そのうち生活用品も、骨董市などで自分にしっくりくるものを集め始めました。ダイヤル式の黒電話や、アイスクリーム製造機などですね。
あぁ、懐かしいやつ

ダイヤルは回し切るたびに指を離すのがコツだとか。

これが、噂の冷蔵庫!

氷式の冷蔵庫。上段に板氷を入れ、冷気で下段に入れた食材を冷やすという仕組み。

―氷式の冷蔵庫、初めて見ました!板氷はどこで買うんですか?

淺井さん:
近くに唯一の氷屋があって、そこで買ってますね。氷式冷蔵庫のために氷を個人で買うのは、私だけらしいです(笑)。

―たしかに淺井さんか、かき氷屋さんくらいでしょうか(笑)。夏はすぐ溶けてしまいませんか?

淺井さん:
夏はもって2〜3日です。板氷は1つ500円ほどなのですが、2つ必要なので、上手に使わないと電気代より高くなってしまいます。

―毎日使うとなると、結構な出費ですね。

淺井さん:
はい。ですから、本当に冷やしたい生モノなどがある時だけ使うようにしています。

―やはり黒電話を使用しているのですね。携帯電話はお持ちなんですか?

淺井さん:
いえ、持っていません。

―そうすると、ご主人とのデートの待ち合わせに困ったりしたことは?

郡さん:
私がPHSを持っているので、そういう時はカヨが公衆電話からかけてくるのを待つだけです(笑)
淺井さん:
ただ、昔のものしか使わない、という訳ではないんです。執筆や調べ物には私もパソコンを活用するので、不便さを感じたことはありません。

―現代の製品が自分にとって必要か、必要でないかを見極めているんですね。

淺井さん:
はい。私たちは新旧何でも試してみて、自分に一番合うものを取り入れたいのです。

―なんだか、お話を聞いていると自分の暮らしも改めようかなという気がしてきました。

―淺井さんといえば、断髪(ボブ)に釣鐘型のクローシュ帽というファッションもトレードマークですよね!

淺井さん:
このかたちが好きなのです。洋服はアンティークを大事に使ったり、その型紙を起こして洋裁屋で仕立てたりしています。

―素敵ですね。お化粧も大正、昭和初期のテクニックを使っているんですか?

淺井さん:
メイクは当時の婦人雑誌などを参考に調べました。当時はコルクを焦がして眉墨にしたり、豆腐をクリームに使ったりと、独特な手法もあったようです。

―ワイルドですね…!

淺井さん:
私はそれらを色々試した結果、椿油などごくシンプルなものに落ち着きました。眉は細めで釣り上げすぎず、濃い赤色の口紅で唇の山を強調するのが、モダンガール風かと思います。

―淺井さんは、モダンガール風のメイクが似合うお顔立ちですよね。

淺井さん:
ありがとうございます。ちなみに私、電車で向かい側に座った女性のお顔に、つい想像でモダンガール風メイクをして楽しんだりもしています(笑)。

モガ・ミーツ・モボ − 二人のなれそめ

せっかくなので、和室の居間にもお邪魔した。窓の外に茂るヘチマの葉の鮮やかさが、涼を運ぶ。エアコンは郡さんの部屋のみで、これも仕事で使用する音響装置を冷やすためだという。

小津映画のようなひとコマ。当時の映画を観ると、物語より暮らしの小道具に注目してしまうという筋金入りの淺井さん。

―いきなりですが、淺井さんと郡さんの出会いのきっかけは?

淺井さん:
あるライブハウスで古い流行歌の鑑賞講座に行ってみたところ、その出演者が郡で、それが私たちの出会いでした。

ひとつ一つの品に物語がありそうな部屋。襖の美しい明かり取り装飾「付け書院」は、古い建物の解体時に譲り受けたものだという。

―郡さんもクラシカルなスリーピースがお似合いで、お二人はきっと出会うべくして出会ったのですね。

郡さん:
最初は「同志」という感じでしたね。私はひとまわり年上で、大正・昭和期の資料などを貸してあげたりしているうちに…。

―恋が芽生えた!?

お二人:
フフフ。

―マニアックとも言えそうな興味を共有できるパートナーに出会えたことは、奇跡に近いことですよね!

淺井さん:
そうですね。どんな素敵な方でも、自分の好きなことを我慢してまでお付き合いをしたいとは思わないので。お互い無理をせずに一緒にいられるから、結婚できたのだと思います。

「新文化住宅」実現に立ちはだかった壁

めでたく結婚した二人は、これを機に理想の我が家を建てることにしたが、道のりは簡単ではなかった。

―こだわり派同士だけに、夫婦間でモメたりということは…?

淺井さん:
なかったですね。私が関心を持ったモダンガールが現れたのは1920年代で、1923年頃から10年間位のファッションに一番惹かれます。
郡さん:
私は1930年代の文化のカッコ良さに、少年時代から魅力を感じてきました。鉄道や切手に始まり、服装に至るまでですね。
淺井さん:
建築については、二人とも1920〜30年代に魅力を感じる点で一致していました。
郡さん:
大変だったのはむしろ工務店探しでしたね。これ、私がこの家のために作った模型です。
え!? これをご自分で?
郡さん:
当時の住宅の良いエッセンスを詰め込みながら、基礎や耐震対策には現在の技法をミックスした設計です。

―郡さん、音楽史研究家ですよね?こんな住宅模型も作れるとは…。ここまで具体的なら施工もスムーズなのでは。

郡さん:
それが逆で、どこの工務店さんにも「ウチには無理」と言われてしまって…。

―なぜですか?

郡さん:
現在主流の住宅とは、資材も工法もまったく違うからという理由でした。それでも相談して回り、半年かけてようやく1軒、やってもらえる工務店に出会えたのです。

―それはよかった…。どんな工務店が引き受けてくれたのでしょうか?

淺井さん:
三代続く大工さんの店で、若い棟梁が頑張っていらっしゃるところです。その棟梁が、竣工後に「良い仕事ができた」と仰ってくれたのも嬉しかったです。おかげで今こうして暮らせています。毎日が実験のようですが、楽しいですよ。
次回の後編では、「小平新文化住宅」をさらに探検。浅井さんの書斎を訪ね、応接室では郡さんの蓄音器でレコード鑑賞など、ご夫婦のモダンな日常をご紹介したい。

Photography/枦木功 text/内田伸一