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孤高のセルフビルダー!三田のガウディが家を建てるワケ ―前編―

DATE 2019.11.14 ヘンテコ暮らし
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スペインの世界遺産「サグラダ・ファミリア」。建築家ガウディにより設計された歴史的建築物である。1882年に着工し、137年経った今も建設中という歴史をまたぐ大作だ。
そんな世界遺産を彷彿させる建築が、東京都港区三田にあった。そのビルの建築者は、三田のガウディといつしか呼ばれ、今もなお自力でビルを建てている。
岡 啓輔さん(54)

1965年、福岡県生まれ。一級建築士。セルフビルダー。住宅メーカー勤務後、東京で大工、鳶、鉄筋屋、型枠大工など現場経験を積む。2005年から「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」の建設を始める。ビルの建設は今年で14年目。 著書に『バベる!自力でビルを建てる男』(筑摩書房)。

2019年7月現在の「蟻鱒鳶ル」がこちら!

マンションとマンションの間、坂道の途中に建つ、なんとも奇妙なビル。

ビルの名前は、陸・海・空を生きる動物と尊敬する建築家「ル・コルビュジェ」から一文字拝借して名付けたのだそう。上部の棒がむき出しになっている部分が、建設途中の4階に当たる。

看板に描かれた蟻・鱒・鳶のイラストがかわいい。

「自分に嘘をつきたくない」

入り口には木の扉があるだけ。通行人は中を覗くことができる。

―そもそも何で「蟻鱒鳶ル」を建てようと思ったんですか?

岡さん:
きっかけは、妻の「自分たちの住む家が欲しい」という一言です。

―ここご自宅だったんですね!業者さんに依頼して建てるという選択肢はなかったんですか?

岡さん:
なかったですね。というのも僕が建築現場で働いている頃、時間をかけて丁寧な仕事をするのは難しいということを感じていて。

螺旋階段に座る岡さんを1Fから見た図。

―どんな仕事にも、効率を求められる時代ですもんね。

岡さん:
はい。でもモヤモヤしていたんですよね。僕は時間がかかっても、愛着を持って仕事をしたかったので。嘘をついているみたいな気分でした。

―それで、自分一人で家を建てようと?

岡さん:
一人ではないですよ。お金を払って知人に手伝ってもらったり、Twitterで「明日手伝って欲しい作業がある」と呼びかければ、大学生がボランティアに来てくれたりもします。

―それは心強いですね。

岡さん:
結果として、僕にしかできない作業が多いので、大半は一人で作業していることになるんですけどね。

手伝いに来てくれた人達がコンクリートに描いた蟻と鳶らしきもの

「土地の値引き交渉に半年かかりました」

寝室になる予定の 2F。現在は作業部屋になっている。

―なぜ、またオフィス街の三田に建てようと?

岡さん:
正直いい土地だとは思いませんでしたが、近くに有名な建築があったのは決め手の一つです。

―そうなんですか?

岡さん:
「蟻鱒鳶ル」の向かいにある「普連土学園」は、僕が長年通っている「高山建築学校」と縁が深い大江宏さんが設計していて、近くでこの建築を見られるのは嬉しいことです。数軒先には、丹下健三さんが設計した「駐日クウェート大使館」なんかも。

―港区だし、土地代は結構かかったんじゃ......?

岡さん:
6500万円だった土地代を不動産屋さんに交渉を続けて、1550万円まで値引きしてもらいました。

―え!?そんな破格ありえるんですか?

岡さん:
ここは家を建てるには狭いし、奥は崖になっているし、売り手が現れないと確信してから、強気に半年間交渉を続けました。

―だいぶ時間かかりましたね。

岡さん:
不動産屋さんのところに訪れる度に嫌な顔はされましたよ(笑)最後は、向こうが根負けみたいな感じです。

「コンクリートの魅力に取り憑かれる」

岡さんの信念が描かれた板「超ストイックコンクリートは200年保つ」

―このコンクリートって、普通と違いますよね?

岡さん:
はい。独自の配合で生コンをつくっていますから。

―生コンというのは...?

岡さん:
水とセメントと砂とジャリを混ぜた、ドロッとした状態のコンクリートを「生コンクリート(生コン)」と言います。

―生コンが乾燥したら、コンクリートの完成ですか?

岡さん:
いえ、コンクリートが固まるのは水とセメントの化学反応です。水分量が多いと、強度は低下します。
岡さん:
通常のコンクリートはセメントと水の割合が、約60%。僕のつくるコンクリートは、37%。これは通常ありえないんです。水が少ない分、粘り気が強く、コンクリートを練るのも型枠に打ち込むのも一苦労です。

―なるほど!少し白っぽくて、つるつるして本当にきれい!

岡さん:
(照れ笑い)コンクリート造の寿命は平均35年、きちんとメンテナンスをしても50年。木造となると平均20数年ほどらしいですよ。何千万円かけて建てる家が、そんなすぐに潰れていいのか?家は消耗品なのか?ってとても違和感を感じていて。絶対に崩れない家を建てたいと思い、たどり着いた数字です。

2 階の天井。いろんな跡がつけられて、不思議な柄になっている。

―この複雑な柄のつけ方も気になります。

岡さん:
これは型枠にビニールシートを巻いてつくっています。

―もう少し詳しく聞かせてください!

岡さん:
一般的にコンクリートを固めるときは、木枠をつくりそこに流し込むんですね。そのやり方で模様をつけようとして、木枠に模様を彫ってみたら…コンクリートが染み込んでしまって、枠をひとつ剥がすのに30分以上もかかってしまったんですよ。

―剥がすだけで一日が終わっちゃいそうですね…。

岡さん:
それで試行錯誤しているうちに、ビニールシートを木枠に巻く方法に辿り着きました。しかもこの方法は、木枠と違ってコンクリートの水分が吸収されないので、ガラス質の結晶ができ、つるつるでより頑丈なコンクリートが出来上がるというわけです。

「楽しまなきゃいいものはつくれない」

ビルの外壁にある複雑な形をしたオブジェ。

―影響を受けた建築家とかいるんですか?

岡さん:
ル・コルビジェの建築には心を鷲掴みされました。

―どんなところに惹かれたんですか?

岡さん:
高専の建築学科出身なので、いろんな建築を学びましたが、ル・コルビジェの「ユニテ・ダビタシオン」という集合住宅を知り、コンクリートの魅力にどっぷりハマってしまいました。

―その建築、気になります!

岡さん:
コンクリートが打ちっぱなしでストンとした佇まい、無駄のないデザインにはうっとりですよ。
岡さん:
あと、高知にある「沢田マンション」にも影響を受けましたね。

―聞いたことあります。

岡さん:
60部屋くらいあるんですけど、間取りがすべて違っていて、他人のベランダを通らないと部屋に行けない構造になっていたり。

高知にある沢田マンション。

―めちゃめちゃ風変わりですね。

岡さん:
沢田さんは独学なので、建築としてはダメダメな部分はたくさんあるんですけど、これは僕がやりたかったことなのかもと思いました。

―というと?

岡さん:
記憶に眠っていたワクワクする建築を思い出したんです。楽しんでいるか、そうじゃないかは建築を見ればわかります。建築は前者でなければいけない、と改めて気づかされました。

「デザインは即興」

1階から4階に伸びる吹き抜け。表面には木材のような凹凸が。

―複雑な形のコンクリートは、どうやってデザインしてるんですか?

岡さん:
机に向かって考えるとかはなくて、現場で作業しながら想像します。  

―計画的なものではないんですね。

岡さん:
そうです。思考錯誤しながらつくっている感じです。思ったような形にならなくても、それはそれでいいかなって思ってます。

―セルフビルドならではの自由さ!

岡さん:
僕は「物をつくる=考える」ことだと思うから。このズボンも刺繍糸を使って自分で縫ったんですけど、次はここを縫おうって想像しながら縫うんです。それと似ています。

岡さんが刺繍糸で縫った作業ズボン。

岡さんからヒシヒシと伝わってくるのは、建築に対する愛ともどかしさ。だからこそ、納得のいく建築物をつくらなければいけないという使命感に駆られているようにも見えた。そう言うとお堅い人のように思えるが、通りがかりのご近所さんと井戸端会議を始める気 さくな一面も。次回、建設中のお金のことや、再開発のこと、14年間を振り返って今の心境など、「蟻鱒鳶ル」のディープな部分に迫る。

Photography/中川 淳