2005年から自力建設が始まった「蟻鱒鳶ル」。前編では、岡さんのチャーミングな笑顔の裏に、建築に対するこだわりがたくさんあることを知った。今回は、運用資金や再開発のこと、今までを振り返りディープな部分を深掘りしていく。
岡 啓輔さん(54)
1965年、福岡県生まれ。一級建築士。セルフビルダー。住宅メーカー勤務後、東京で大工、鳶、鉄筋屋、型枠大工など現場経験を積む。2005年から「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」の建設を始める。ビルの建設は今年で14年目。 著書に『バベる!自力でビルを建てる男』(筑摩書房)。
「自家製コンクリートの売り上げは100万以上」
―建設費用ってどうしているんですか?
- 岡さん:
- 最初のうちは二人の貯金から月20万円の給料をもらってやりくりしていたんですけど、僕の給料分は底をつきました。
―では、今は…?
- 岡さん:
- 母親に借金している状態です。
―お母さんに反対されたりしたことは…?
- 岡さん:
- 最初からこの建設に肯定的ではないですね。まあ、費用がかかるのは材料費だけなので、月2万円あればやっていけます。
―意外とかからないんですね!確か、自家製のコンクリートを販売していますよね?
- 岡さん:
- はい。ペットボトル型にしたコンクリートを1つ1万円でネット販売しています。
販売している「蟻鱒鳶ル(小)」の在庫。
―その資金は、何に充てているんですか?
- 岡さん:
-
1本売れたら、手伝いを1人雇うという感じです。1本売れるだけで気が楽になりますね。「これで作業が進むぞ……!」って。
- 岡さん:
- でも、そろそろ販売を辞めようと思っていて。
―なぜですか!?私ならバンバン売りまくるけど…。
- 岡さん:
- 「あれは、このビルの完成披露パーティーの招待券なんです。なので、完成したら100人は来る予定なんですけど、ここそんなに人が入らないでしょ(笑)
―なるほど……!
- 岡さん:
- 買ってない人は招待しないので、友達であろうが、パーティーには参加できません。
―えっ…友達でも参加できないとは、、。徹底されてるんですね。
「国境を越えてやってくる訪問者」
―「蟻鱒鳶ル」を実際に見に来る人っているんですか?
- 岡さん:
- 海外の人が多いですね。一昨年、六本木ヒルズで「蟻鱒鳶ル」が展示されたんですけど、本物が近くにあるらしいと噂になって、海外の人がよくタクシーで目の前に乗り付けていました。
―「生で見たい!」ってなりますもん。
- 岡さん:
- わざわざ来てくれる人は、ほとんどが建築家ですね。建築を知っている人に見てもらえるのは嬉しいです。
―訪問者の相手はするんですか?
- 岡さん:
- 忙しい時は断りますが、話すと面白いことを聞けたりするので、積極的に交流しています。
―そういえば、先ほども通りすがりの人と話していましたよね。
- 岡さん:
- 僕のことを気にかけて、声をかけてくれるご近所さんは多いです。さっき話しかけてくれた人も全然知らない人ですよ(笑)
―特に印象に残っている来客はいますか?
- 岡さん:
- 一番嬉しかったのは、蛭子能収さんです。飾らない人柄が最高で、さらに好きになりました。
―確か、タモリさんも来てましたよね?
- 岡さん:
- はい。「タモリ倶楽部」のオファーをずっと断っていたんですけど、友人にめちゃめちゃ説得されて。「他の媒体は受けなくてもいいから、タモリ倶楽部だけは出ておけ」と。それで仕方なく(笑)
「メンタルも体も弱いし、技術も人並みの僕だけど」
―超ホワイト企業じゃないですか!
- 岡さん:
- 一番気をつけているのは、疲れを溜めないことです。現場での事故は疲れから来るので。その代わり、僕に土日は関係ないです。
―奥さんの誕生日も?
- 岡さん:
- 作業していますね。雨の日と正月は仕方なく休むけど、3日を過ぎたあたりからもうそろそろいいでしょ?って(笑)。
天井がまだない3階部分。ダイニングキッチンになる予定。
―でも普通の人にはできないですよ!
- 岡さん:
- いやいや……僕、心臓の病気持ちだし、コンクリートをつくる技術も高いかって言われたら……、正直人並みですし。
―では、なぜ14年間も続けられているのだと思いますか?
- 岡さん:
- ただ、やると決めたことはやり通す、というしつこさみたいなのは持っているかもです。
…あと、やり始めると使命感みたいなものが出てくるんですよ。「これは自分の人生をかけてやるべきことなんだ」みたいな。最初は、そんなものなかったんですけどね。
「悩んだ時は、とことん考える」
3階から4階に上がる階段に置いた、行き止まりの意の石。
―悩んだりすることは?
- 岡さん:
- 悩むというより、めちゃくちゃ考えます。3,4日間、考えたりします。
―例えば、どんなことを?
- 岡さん:
- だいたいはこのまま作業が進むと、発生しそうな問題を予測して、その解決策を考えます。例えば、ビルが高くなればなるほど、作業の危険度が高まるんですよ。「足場を作らなくちゃな…そうすると時間が馬鹿みたいにかかるな…」と。その結果、少数精鋭にした方が作業効率が上がるという結論に至りました。
―自力で建てるってことは、計画も準備もすべて自分でやるってことなんですね。
「誰にも評価されなくても、一人でニヤニヤする」
―この辺りって再開発の区域に入っていますよね?
- 岡さん:
- はい。なので、今は作業を止められています。。
―そうだったんですね。
- 岡さん:
- 自著本「バベる!自力でビルを建てる男」は、僕の想いが再開発の人に伝わればと思って書いたんです。
―てっきり印税を運用資金にするのかと…。
- 岡さん:
- そんな(笑)実際、1000冊くらいしか売れてないですし。
―14年間を振り返って、今何を思いますか?
- 岡さん:
- ここまでやってきてよかったなと思います。
- 岡さん:
- 建設前は、きっと誰にも理解されないんだろうなという少し寂しい気持ちがあって。でも、今やこうやって取材や、海外からわざわざ見に来てくれる人もいて。そんなこと想像もしていなかったですから……。
地下室に出入口にある非常口マーク
地下室の天井
―自分の建築家が認められたという感覚ですか?
- 岡さん:
- ですかね…?大学で講義をさせてもらったり、金沢21世紀美術館では実寸サイズの写真を展示してもらったり、僕みたいなやつに注目してくれて本当に有難いなぁと思います。
―それは嬉しいですね。
- 岡さん:
- でも、きっと誰にも評価されなくても、僕は一人でニヤニヤしているでしょうね。
- 岡さん:
- 絶対に崩れないと自負できるコンクリート造を建てているんですから。こんな嬉しいことはありません。きっかけは妻の一言だけど、今は誰のためでもない、僕の人生をかけた挑戦なんだと思います。
―最後に、今の住宅業界に対して思うことはありますか?
- 岡さん:
- 僕からしたら「住宅メーカーなんかに頼らず、家は自分で建てた方がいいよ」と言いたいです。
―そ、それは…(笑)
- 岡さん:
- 物をつくるって楽しいことじゃないですか。だからアートとかそんな難しいことじゃなくて、衣食住にまつわることから始めてみてほしいです。庭にウッドデッキつくったり、カジュアルに始めればいいんじゃないですかね。
自力でマイホームを建てるなんて並大抵の人ができることではないけど、岡さんは物づくりを楽しむとか、丁寧につくるとか、忘れちゃいけないことを知っている。時折見せる少年のようなチャーミングな笑顔は、岡さんの内面そのもの。私も今のうちに完成披露パーティーの招待券、買っておかなくちゃ。