大正末期から昭和初期に現れた日本のモダンガール(略してモガとも言われる)に憧れ、当時のライフスタイルを今に取り入れる淺井カヨさん。彼女が暮らす「小平新文化住宅」は、音楽史研究家の夫・郡修彦氏との結婚を機に生まれた、当時の和洋折衷住宅の現代版だ。後編はこだわりあふれるお二人の暮らしの、ある一日を紹介してみたい。
淺井カヨさん(43)
1976年(昭和51年)、愛知県生まれ。「日本モダンガール協會」代表。大正、昭和初期に関する執筆、催事の企画、展示、講演等を行う。2016年晩秋に、大正末から昭和初期の洋館付き住宅を模した「小平新文化住宅」が完成。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)、共著に『東京府のマボロシ』(社会評論社)など。
何でもオープンに答えてくれる優しさに甘えて、「淺井さんのある一日」に密着させていただきました!
Dolive劇場「モダンガールの一日」
AM 6:00 朝の身支度
古趣豊かな鏡台と衣紋掛は、とあるお屋敷の解体が決まったとき、譲ってもらったそう。
モダンガール の朝は早い(たぶん)。柱時計が1日の始まりを告げると、淺井さんは爽やかなホームドレスに袖を通し、身支度を始める
―お化粧道具は、とてもシンプルですね。
- 淺井さん:
- モダンガールの時代のお化粧も色々試しましたが、今は自分に合ったごく少ない化粧品で十分になりました。椿油と、スリランカ産のココナッツ油を愛用しています。
巷の「ミニマリスト主婦」などとは無関係に、我が道をゆくこのスッキリ感。
- 淺井さん:
- それでは、朝食の支度をしますね。割烹着を着てと…。
おぉ、あふれ出す朝ドラ感。
AM 6:30 朝食の準備
新居づくりでは、台所にもこだわった淺井さん。真っ白なタイル張りの明るい空間に、昔ながらのシンプルな鋳物(いもの)ガスコンロが2つ並ぶ。シンクは職人仕事の「人造研ぎ出し」で、砕いた天然石とセメントを塗布したあと磨きあげたものだという。
―台所も、各所にこだわりが見られますね。食材や調理法も、お気に入りがありますか?
- 淺井さん:
- お米は土鍋で炊くのが、やはり美味しいです。滋賀旭27号(明治時代にルーツを持つ、無農薬で上品な味)という品種が好きで、いつも使っています。
- 淺井さん:
- 野菜は庭で育てたものを、よく使っています。加工品はあまり買いませんが、調味料などは私の好きなものが近所にはないので、都心の百貨店でお気に入りをまとめ買いしています。
あふれ出す(以下略)。
新居に合わせて特注した氷冷式冷蔵庫。板氷を上部に入れ、冷気で食品を保存する仕組み。
―これがウワサの氷冷式冷蔵庫!
- 淺井さん:
- この家で一番高価な品かもしれません(笑)。以前は古いものを愛用してきましたが、新居に合わせて特注しました。
―電気冷蔵庫のときとは、食材の扱いも変わりますか?
- 淺井さん:
- そうですね。まず、当然ですが冷凍食品は買わなくなります。食材の買い出しは必要なときに必要な量をそろえて、新鮮なうちに料理する習慣が自然に身につきました。ですので、ふらっとコンビニエンストトアに立ち寄るということもないです。
浴室もこのこだわりの統一感!金だらいが味わい深い。
AM 9:00 書斎でお仕事
淺井さんの仕事場は、2階にある洋室だ。階段を上るとまずは天井まで届く勢いの書棚がずらりと並ぶさまに圧巻される。
現在、2019年の東京にいます、念のため。
まるで私設図書館みたい。
- 淺井さん:
- 結婚前から集め続けている資料で、前回お話ししたような当時の婦人雑誌や、文化史、生活史などの文献が含まれます。
知る人ぞ知るマンガ『大正野郎』まである?!
(大正文化が好き過ぎる変わり者大学生の物語。『へうげもの』で知られる山田芳裕先生の商業デビュー作)
この日の机にあったのは『欧州中世経済ギルドの研究』。
- 淺井さん:
- この部屋で気に入っているのが、大きく開いたこの出窓です。じつは昭和初期のもので、高田義一郎(明治・大正・昭和を生きた文筆家)の旧邸が解体されるときに譲ってもらったものを移築しました。
もはやこの家、生ける博物館と言ってもいいかもしれない。
AM 11:30 夫婦でお出かけ
淺井さんご夫妻は、やはり一緒にお出かけする日など、ファッションも楽しんでいるようだ。
- 淺井さん:
- ふだんはそれほど意識しませんが、取材での撮影時などは、私が郡の洋装の助言をすることもあります。
クローゼットを拝見。手にしているのは、水着などの上に羽織る「海濱マント」を再現したもの。
貴重なアンティークドレスや、当時の型紙をもとに洋裁店で仕立てたお気に入りが約30着並ぶ。
すごい。映画の世界にいるような紳士淑女だ。
こちらはステッキとアンブレラが素敵なお出かけスタイル。
―この玄関前の綺麗なお花も、建物にぴったりですね。
―花の名前まで!?
- 淺井さん:
- この家の完成と同じ2016年の新種だそうで、良いものが見つかりました。
―ご近所の方たちからは、「ひと味違う夫婦が越してきた」みたいな反応もあったりしますか?
- 淺井さん:
- テレビジョンに出たりすると「見ましたよ!」と気さくに声をかけてくださいます。後は近所の小学生が、この家を見て「懐かしい」と言っていました(笑)。平成生まれにもそう感じさせる何かがあるのですかね。
なかには、この建物をひと目でも見たいと、沖縄からきた人も。そこで淺井さんたちは、この「小平新文化住宅」の見学会も定期的に行っているという。
PM 5:00 くつろぎの蓄音機タイム
外出先から戻り、自宅でくつろぐ時間。そんなひとときに、音楽でリラックスするのは古今東西のスタンダードだ。しかし淺井さんたちの場合、音源は郡さんの持つ「蓄音器」によるレコード鑑賞である。
蓄音器「ビクトローラ4-40」は1929年(昭和4年)、アメリカ製。
この日の曲は、ブラームスの永遠の名曲「ハンガリー舞曲第5番」。
- 郡さん:
- この「蓄音器」は、祖父母が結婚祝いに手に入れたものを譲り受けました。電動ではないので、まず手でゼンマイを巻いてから…という一手間はありますが、私はこの音色が大好きなのです。
ゼンマイを巻くことで動く、電気いらず。しかも音量は結構迫力があった。
音量はなんと針の太さで制御。「LOUD TONE」って、轟音系のバンド名にありそうでもある。
あっ、これなら見たことある!
取材前は、現代の「ふつう」から遠く離れた特殊な生活をしているのだろうか……と想像していたが、実際の淺井さんたちはそうではなく、大正・昭和初期文化の研究者として、また、その文化を愛する生活者として、この家での日々を楽しんでいた。
―自分たちにとっての居心地の良さを、追求した結果がこの家なのですね。
- 淺井さん:
- はい。自分の価値観で、良いと思ったものに囲まれて暮らすのは、心身にもいいことだと思うのです。ですから私たちは、新しいものにも興味があります。
- 淺井さん:
- だからこの家で、じっくりと好きなものごとを吟味しながら暮らしたい。毎日が実験のようでもありますが、いまとても楽しいです(笑)。
好きなものが時代の多数派とはいえないとき、そこには大変さもあるだろう。でも、それすら軽々と超えていく「暮らしの楽しさ」がここにはある。最後に見送ってくれた令和のモダンガールの笑顔は、そんなことを教えてくれた気がしました。
Photography/枦木功 text/内田伸一