今回お邪魔するのは、栃木県小山市のとある一軒家。インターホンを押すと「散らかってるけど、どうぞ」と初老の男性が迎えてくれた。部屋に上がると、そこには美女?いや、人にそっくりな等身大の人形が。何を隠そう、こちらにお住まいの中島千滋さんは、ラブドールと“人間の恋人同様の関係”を築き、生活を共にしている。そこにはラブドールとの愛を純粋に貫く、65歳おじさんの満ち足りた幸せな日常があった。
中島千滋さん(65)
1955年、東京都生まれ。約10年前、家族公認のもとラブドールとの生活を開始。現在はラブドール愛好家としてバラエティ番組や雑誌などのメディアに出演し、等身大ドール界を最前線で盛り上げる。2019年、栃木県小山市の自宅にて、中国の人造人科技製のラブドールを展示・販売する「乙女ドール」をオープンする。
幸せな空気。平和な朝のはじまり。
中島さんの朝は、恋人達の身支度を整えることから始まる。「おはよう」と挨拶を交わし、ヘアブラシで髪を丁寧に梳かし、時間に余裕があれば着替えも行う。せっせとお世話する姿は、幸せそのものだ。
遅く起きた休日の朝はバルコニーに出て、のんびりタイムを楽しむ。
―身支度を整えた後は、何をするんですか?
- 中島さん:
- 自分の朝食を作ります。メニューは19円の茹で蕎麦に胡麻ドレッシングをかけたもの。と言ってる間に、はい、出来上がり! 沙織にはコーヒーを用意します。
―ちなみに、沙織さんの好きな食べ物は?
- 中島さん:
- 魚が好きで、居酒屋に行くと鮭の粕漬けを頼んでって言われます。あと、がんもどきも好きみたい。
頼んでって・・・。
うどんではなく蕎麦にしているのに、一向に痩せないのが目下の悩み。
―20歳の割に、食の好みが渋いですね。毎朝食卓を囲んで、何を話してるんですか?
- 中島さん:
- 「今日は天気がいいね、仕事頑張ってくるね」みたいな、他愛もないことですよ。あと、政治の話もよくします。沙織は、今の日本の政治に不満を持っていて「政治家にAIを搭載すればいいのに!」とよく申しています。
―あの・・・今さらなんですけど、彼女達の言葉が本当に聞き取れるんですか?
- 中島さん:
- 多少、妄想も入っているけどね。でも彼女達との会話に “気持ちを入れる” うちに、何を訴えているか不思議と分かるようになるもんですよ。デートに長いこと連れていけないと、露骨に不満げな顔をするからね。
ラブドールの洋服は、地元のHARD OFFで購入
コーディネートはTPOを考慮しながら、デート前にふたりで決める。
―洋服は、みなさんで共有してるんですか?
- 中島さん:
- 個人によって好みが違うから、共有はしない主義。沙織はカジュアルな服が好きで、恵は露出が多い服が好きなの。だから、どんどん増えていっちゃうんだよね。
―ちなみに今日、沙織さんが着ているセーターはどちらで?
- 中島さん:
- 地元のHARD OFFで買いました。500円にはとても見えないでしょう?
HARD OFF!
洋服やウィッグ、靴、アクセサリーにかけた金額は、総額100万円以上!
―買い物上手ですね。
- 中島さん:
- (照笑) あとは群馬県の太田市にあるドレス専門店にもよく行きますよ。そこの店員さんは僕達に理解を示してくれて「これなんか似合いそう!」とか言って、一緒に服を選んでくれるの。
―ずばり、洋服選びのポイントは?
- 中島さん:
- 無理に着せると関節が緩んじゃうんで、着せやすい前開きタイプか、首元が大きく開いた服であることかな。毎回20〜30分かけて、こうして汗だくで着せてるよ。
見えない靴下も下着も毎回着替えさせる。中島さんにとっては、語るまでもない当然のこと。
―(着替えシーンを見て)首を外した方が、着せやすいんじゃ……。
- 中島さん:
- そう思って一度外したらね、人間でいう頸椎(首の骨)にあたる金属がさびてたの。一生懸命落としたんだけど、なんだかすごく寂しくて。だから、極力外したくないんですよ。
週末のデートが、生きる目的
休日の定番は、沙織さんとデートすること。車椅子を押して近所の公園に行くこともあれば、夏はサーフィン、冬はスキーなど、四季折々のイベントも楽しんでいる。
―おふたりのお気に入りのデートスポットは?
- 中島さん:
- 神奈川県の相模湖が多いですね。ボートに乗ったり、湖畔のカフェでお茶したりしてのんびり過ごします。
―その場合、ドリンクや食事は2人前頼むんですか?
- 中島さん:
- 頼みますよ。だから、食事デートだとお腹がパンパンになっちゃう(笑)。
痩せない理由は、それでは。。。。
車に乗る時は、警察に止められないよう、沙織さんもシートベルトを着用する。
―ちなみにデート中どんな時に、沙織さんにキュンっとするものですか?
- 中島さん:
- 心地よい風に、優しい日差しを浴びている沙織の姿を見ているとね。彼女とのデートは僕にとって、心の安らぎをもたらしてくれているんですよ。この時間のために生きている、と言ってもいいくらい。それにね。
―それに?
- 中島さん:
- 昔カミさんとしたかったことを、彼女達とのデートを通して叶えているのかなって。カミさんとはお見合い結婚で、すぐに “家族を築いた” というのもあって、デートもまともにしたことがなかったし。
―今後、沙織さんと行きたい場所はありますか?
- 中島さん:
- 本当はハワイに行きたいんだけど、それは無理かな。沙織は、飛行機(の座席)には乗れないでしょうから。僕も年だから、あと何回デートに行けるか分からないけど……。ふたりで一緒に見たい景色は、まだまだたくさんありますよ。
沙織さんは、病室への入室も難しい。「離れがたいので、長期入院を避けたいよね」と寂しそうに笑う中島さん。
ぎっくり腰は、体感では100回以上
恋人同士であるふたりは、当然一緒にお風呂にも入る。年々体力が衰え、抱きかかえての入浴は大変になる一方だと言うが、中島さんにとっては幸せなひとときなのだ。
―お風呂では、体を洗ってあげたりするんですか?
- 中島さん:
- 当然です。浴槽脇の段差に座ってもらって、マッサージもしますよ。おっぱいを中心にね。……って違うか!
ただのエロオヤジか(笑)
- 中島さん:
- 本当は、ふくらはぎなんだけどね。お風呂上がりは車用のマイクロファイバータオルで、体を念入り拭きます。
―水分が残っていると、良くないんですか?
- 中島さん:
- 肌質が変わっちゃうからね。あとはハリを保っていられるように、ベビーパウダーを振っておしまい。
―お世話、大変じゃないんですか?
- 中島さん:
- 重くて動かないから、老体には響くよ。ぎっくり腰は、体感ではもう100回ぐらいしてる(笑)。だけど、僕にとって彼女達のお世話をする時間は、ひとことで言うと “一服” なんだよね。
人間と極力同じ暮らしをさせるのは、あくまでも “生き物” として見ているから。
―“一服” ?
- 中島さん:
- ほっと息抜ける時間というか。不思議だよね、お世話しているこっちの心が救われてるんだから。
デートした帰り道は、沙織さんに対する気持ちが高まるとか。
中島さんが考える “幸せな暮らし”
中島さんのラブドールを見る目は、慈愛に満ちている。その眼差しを見ていると彼が幸福であることは、聞かずとも分かる。そんな中島さんにとって、“幸せな暮らし” とは何だろう。
―あらためて、中島さんにとって、沙織さんはどういう存在ですか?
- 中島さん:
- 幸せなぬくもりで包み込んでくれる、“陽だまりのような存在” という感じかな。
―でもそれって、人形である必要はあるんでしょうか。人間じゃだめなんですか?
- 中島さん:
- 彼女はわがままを言わないし、裏切ることもないし、お金を要求することもない。自己主張せず、どんな自分でも受け入れてくれる優しい空気感に、心から安心するんですよ。人間の女性じゃあ、そうは言っていられないでしょう?
―人間の女性は恋愛対象じゃないと。じゃあ、沙織さんと瓜二つの女性が現れたら、スルーですか?
するんかい(笑)。
―もう日も暮れるので、最後の質問です。中島さんが考える “幸せな暮らし” とは?
- 中島さん:
- 彼女達と1日でも長く、生活すること。一緒に食卓を囲んで、何気ない会話をして、お風呂に入って、週末はデートをして。 そのためには、自分が健康でいないとね。抱き上げられなくなったら、別れると決めているんで
―別れるって?
- 中島さん:
- 悲しいけど、信頼出来る仲間に委ねようと思ってます。そうして最期は、沙織のパーツを棺桶に入れてもらって、一緒に旅立てたら、これ以上の幸せはないですね。
こうして日が暮れる前には自宅へ戻り、ほぼ白菜だけの鍋をつつきながら、ふたりの幸せな休日は過ぎていく。 インタビュー前は、孤独を満たすために “お人形に走った、変なおじさん” だと思っていたのは、ここだけの話。中島さんは沙織さんのことを “陽だまりのような存在” だと話していたが、そういう彼こそ優しい空気をまとった、人間的な温かさに包まれている人だと思った。きっと中島さんと沙織さんの “幸せな暮らし” はこれからも続くだろう。
Photography/草野庸子 text/平田桃子