街を歩いていると、外観のデザインを見ただけで入ってみたくなる魅力的な建築に出会うことがあります。「外観探訪部」は、そんな気になる建物の外観にフォーカスし、家づくりのアイデアを学ぶ企画。思わず足を止めてしまう外観デザインから、その魅力の秘密を探ります。
「1人で楽に暮らせる家」を目指した
シンプルな形と温かみのあるデザイン
鎌倉の小高い丘を車で登り、猫の通る細道を抜けると突然現れる青いドアの家。建築デザイナー・井手しのぶさんの自宅です。湘南周辺で、その時々のやりたいことに合わせて家を作っては住み替え、なんとこの家で7軒目。建築事務所の代表を退いた今、犬一匹と猫二匹と一緒にのんびり暮らす家として建てたそうで、一人でも楽に管理ができる、シンプルな間取りの平家です。
全体を眺めるとすっきりして見えますが、煙突がポコっと飛び出た片流れ屋根のフォルムはどこか温かみのある雰囲気。色使いや素材の使い方など、遊びの効いた外観のディテールからも家づくりのヒントを学ぶことができそうです。
POINT1:刷毛引き仕上げで味のある外壁に
この家の外観に絶妙なニュアンスをつくっているのは「刷毛引き仕上げ」という手法を使ったモルタルの外壁。井手さんが仕事でも好んで使うというモルタルを使い、壁を仕上げる際にほうきを撫でつけて刷毛のような跡をつけたそう。
「一般的にはこの上にカビやコケを防止する塗料を塗って仕上げるんだけど、予算削減のために塗らなくていいかなって。もしコケが生えちゃったら、そのときに処理すればいいから」と井手さん。「必ずこうしなければいけない」と思い込まず、希望のコストに合わせて負担なく家づくりを楽しむのが一番です。
POINT2:ブルーの回転扉とモロッコタイルがアクセント
モルタルの壁とウッドの窓の他に、この外観で目を引くのはブルーの大きな玄関ドア。この青は井手さんが好きな色だそうで、モロッコで買ったというドア下のタイルでも同じトーンの色を取り入れています。
不思議な開き方をする幅広のドアは井手さんが建具屋さんにオーダーして作ってもらったもの。「これくらい大きなドアにしたかったんだけど、親子ドア(扉が2枚ついているドア)みたいなやつは好きじゃなくて。それで、いろいろ考えているうちに、軸を作って回転するドアにしようって」。青く塗ったこの大きな回転ドアが井手さん宅の目印に。
好きな色をアクセントとして使用するとメリハリのある外観に仕上がります。
POINT3:庭に面した窓は、思い切り大きく心地よく
庭に面した外観の半分を締めているのが木製サッシの大きな窓。最初はサッシ屋さんにオーダーをしたのですが、高額の見積もりになったため諦め、建具屋さんに頼み直したのだとか。「他の窓は小さくして既製品をはめたんだけど、ここだけは全部開くようにしたくて、木製にしたんです。明かりをとるってこともあって、夏はほぼ開けっぱなし。気持ちがいいですよ」
「1個前に住んでた家は3階建てなのに、窓をいっぱいつけちゃって、このあたりは塩害がひどいからすごく汚れるのね。で、掃除が大変で。だからここは、簡単に掃除ができることが目標だったの。大きな窓を1つだけ作って、そこだけ拭くようにしたらなんとなくきれいに見えるでしょ(笑)」
楽に、気持ちよく暮らすこと。それを突き詰めた結果、中と外をつなぐような大きな窓ができたようです。
海に近い街で、豊かな緑に囲まれた井手さん宅の外観。自然の素材を使用して、まわりの木々にも大きな庭にも馴染んでいます。形は単純な箱のような平家ですが、好きな色を使ったり、大きくて気持ちがいい窓を大胆につけたり。シンプルなデザインでもポイントとなる要素をうまく取り入れるヒントになりそうです。
Photography/上原未嗣 Text/赤木百(Roaster)