縁側から街にひらく。シンボリックな円柱の一軒家
街を歩いていると、外観のデザインを見ただけで入ってみたくなる魅力的な建築に出会うことがあります。「外観探訪部」は、そんな気になる建物の外観にフォーカスし、家づくりのアイデアを学ぶ企画。思わず足を止めてしまう外観デザインから、その魅力の秘密を探ります。今回は、外観とリンクするこだわりの内装についてもご紹介。
飲食店の開業を見据えて建てられた、
商店街にたたずむ一軒家。
「未来食堂」と名付けられた各務(かがみ)さんご夫妻の自宅は、「将来、飲食店を開きたい」という未来を見据えて建てられました。設計を担当したのは、ニコ設計室の西久保毅人さん。「街とのつながり」をキーワードにデザインされた外観は、外に開けた1階部分の造りや素材使いの工夫によって、街と家との境界を限りなく曖昧にしたデザインに。そんな外観デザインからは、また新たな家づくりのヒントが見えてきました。
POINT1:街にひらけた縁側と、シンボリックな円柱
一昨年に完成した各務さんご夫妻の自宅「未来食堂」は、ローカルな空気が漂う商店街の角地にあります。家を建てるにあたっては「会社勤めが終わったタイミングで、飲食店を開きたい」という未来を見据え、人が集まる場所という条件で土地探しをスタート。リサーチするなかで、東京都・世田谷区の松陰神社前に理想的な場所を見つけました。
「将来的に家の1階をお店にするなら、人が集まる場所、商店街がある街がいいなと思ったんです。坂が少ない平坦な土地という点でも、老後の暮らしやすさを考えたときに理想的でした」
ニコ設計室に建築を依頼したのは、過去に手がけた家のデザイン性や発想力に惹かれたから。設計担当とされた西久保さんに、飲食店を開業するというビジョンを伝えて家づくりがはじまりました。
「もともと住宅関連の番組を見るのが好きで。録画していた番組を見返したときに、ピンときたのがニコ設計室さんでした。オープンハウスにお邪魔したらまさにイメージ通りだったので、そのまま依頼したんです。リクエストしたのは『街と共存する家にしたい』という一点のみ。素材やモチーフをはじめとする具体的なことは、西久保さんのセンスにお任せしました」
土地の総面積は50平方メートル。「家と街につながりを持たせたる」というキーワードをもとに、限られた広さのなかで、ご夫妻のリクエストを叶えるさまざまな工夫がなされています。その一つが、歩道に沿って設けられた縁側。
「街やご近所さんとのつながりを持たせるスペースとして、提案いただきました。とはいえ現在は住居なので、人の目に触れてばかりでは生活しにくい。そこで1階をオープンな造りにしたぶん、2階は窓を少なくしていただきました。外観として見たときも、建物の上側がクローズドだからこそ1階の縁側が映えていますよね。そうしたメリハリが建物を印象づけているとも思います」
一般的に、商店街に建物を建てるときは敷地をフルで使うのがセオリーですが、敷地いっぱいに建物を建てずに、敷地の角にあえて余白をつくりました。この余白があることで家と街との境界を曖昧にしたのだとか。
「縁側を歩道に対してななめに設けることで、敷地の角にゆとりができたんですよ。建物を街に馴染ませるとともに、人が行き交う角地の見通しをよくする狙いもあったそうです」
側面にある印象的な円柱も、この余白をつくるための工夫から生まれたもの。中は、住宅の階段部分です。
「階段は面積を占めるので、どうせ作るなら外から見たときに家のシンボルになるようなカタチがいいねという話になって。四角くつくると敷地に余白ができないので、あえて丸くすることで周りにゆとりができました。よく『煙突ですか?』と聞かれるので、早くもシンボルとしての役目を果たしてくれていると思います」
敷地の角から側面にある玄関アプローチにかけてできた、余白部分。そこには商店街沿いでありながら、緑が植えられた庭のスペースに。
「商店街は意外と街路樹が少ないので、僕たちも街の人も楽しめるように、グリーンを取り入れたプランを考えてくださったんです」
POINT2:和のテイストを織りなす古材やガルバリウムを合わせた素材使い
和とモダンなテイストが融合した素材使いも、外観にメリハリをもたらしています。瓦を彷彿とさせる一文字葺き(いちもんじぶき)のガルバリウムは、モダンな質感ながら木をあしらった1階部分ともマッチ。
「縁側はシダの木ですが、壁面は古材なんですよ」と各務さん。遠くから見ると木とガルバリウムが織りなすメリハリが印象的ですが、縁側にフォーカスしてみたら、真新しいシダと経年変化した古材の異なる質感が楽しめます。座ったときにどこかほっとする空気感は、こうした古い素材がかもしだす温かさなのかもしれません。
円柱の、紫がかった赤茶色も外観に深みをもたらします。
「京町屋のような和を感じる色味が素敵ですよね。この素材はジョリパットという壁面用塗材。昼間は壁面や縁側との質感の違いが目立ちますが、日が沈むとまた違った雰囲気になるんですよ」
モザイクタイルを貼った縁側の柱やなぐり加工のような質感のガラス、木立や葉脈のように木があしらわれたガラス戸もいいアクセントに。
「タイルの色味やサイズは、一番悩んだポイントです。20種類ほど取り寄せていただき、 光が当たったときの色味の変化などを見ながら吟味しました。凹凸のついたガラスはレトロな雰囲気があって、古材の壁面とも合っていますよね。ガラス戸のデザインも、まるで人が手をつないでいるようにも見えるところが気に入っています」
家と街、そして人とのつながりが自然と表れているところも、未来食堂の魅力です。
POINT3:外観デザインとリンクする未来の食堂
未来食堂の内装には、外観とリンクする部分が多々。こうしたデザインになった背景には「訪れる人だけではなく、中で暮らす人にも街とのつながりを楽しんでほしい」という西久保さんの思いがあります。
「1階部分はキッチン兼ダイニングなんですが、外観と同じ素材を使用したりカラートーンも合わせていただきました。それによって縁側に続く窓を閉めていても、外とつながっている空気感がありますね」
天井を縁側に向かって延長し、なおかつガルバリウム×木×土壁のようなニュアンスのジョリパッドという組み合わせを室内にも取り入れたことで、外観と同じようなバランスに。
「ガルバリウムと木、ジョリパッド壁をバランスよく配置していただきました。実際に住んでいても、1階に降りると外を感じられて、上階にいけばほっと落ち着ける生活スペースがあるため、体感として気持ちにメリハリがつくんですよね」
「大窓を開けたときの開放感も最高なんです」と話す各務さんの表情からは、暮らしの充実ぶりが感じられます。
「飲食店を開くのはもう少し先なので、お試し的に家を少しずつオープンにしながら、自然と人が集まる場所になっていけばいいなと思っています」
「いま」の過ごしやすさだけではなく、未来に向けて街や暮らす人とともに歩む家。退職後はどこで何をするか、どんな人生を歩みたいか。そうしたライフステージを見据えた視点は、家づくりにおけるアイデアに広がりを持たせてくれるのではないでしょうか。ぜひ家づくりの参考にしてみてください。
Photography/宮前一喜 Text/金城和子