街を歩いていると、外観のデザインを見ただけで入ってみたくなる魅力的な建築に出会うことがあります。「外観探訪部」は、そんな気になる建物の外観にフォーカスし、家づくりのアイデアを学ぶ企画。思わず足を止めてしまう外観デザインから、その魅力の秘密を探ります。今回は、レトロな外観とのギャップも興味深いこだわりの内装についてもご紹介。
じつは、ここ銀座のすぐそば!
大正レトロな外観を守るギャラリー兼オフィス。
銀座や築地が隣り合う新富町。かつては、花街や「新富座」という名の歌舞伎座もありましたが、今はオフィス街として多くの人を支えています。そんなビル街を歩いていると、ビルとビルの隙間に一際気になる古民家が。
ここはかつて「井筒屋」という甘味処として愛され、現在は「the design gallery」として生まれ変わった建物です。この場所をリノベーションしたのは、建築からプロダクトデザインなどを手掛ける総合デザインオフィス「the design labo」。約100年前に建てられた建物を、現代へと語り継ぐ外観デザインから新たな家づくりのヒントを学びます。
POINT1:将棋の駒のような形がかわいい、ギャンブレル屋根
コロンとした五角形が将棋の駒のような「the design gallery」。その理由はギャンブレル屋根と呼ばれる様式の屋根にあります。18世紀にイギリスで生まれアメリカに伝承されたこの屋根は、二段階の傾斜により丸みを帯びた形に。
腰折れ屋根とも言われるギャンブレル屋根は、勾配が途中から急になっているため、水はけがよく、雪が積りにくいという特徴があります。そのため、日本では北海道や東北地方など雪がよく降る地域に用いられているそうです。
この屋根のもう一つの特徴が、屋根裏の天井を高くできること。そのため、空間を有効活用ができるのです。かつて「井筒屋」では、倉庫代わりに使っていたそうですが、現在では展示スペースとしてこちらの3Fを活用されています。
外観のデザイン性を高めるだけでなく、空間も広げてくれる一石二鳥なこの屋根の仕様は、家づくりの際には一考の価値があるかもしれません。
POINT2:緑青銅板貼りの外壁と現代では再現できない意匠
「井筒屋」は、約100年前の大正後期に建てられました。その頃は、江戸大火や関東大震災で多くの建物が失われたため、その教訓からファサードに銅板など火に比較的強い素材を外壁として採用することが流行したそうです。この建築様式の建物を「看板建築」と呼び、この「井筒屋」は東京大空襲などで消失もせず、現存する看板建築のひとつです。
それに加えて目を引くのが、2階の戸袋部分の亀甲貼り銅板。このデザインは、現在では技術継承者のいない建築意匠のため、とても貴重なデザインとなっています。亀の甲羅にちなんだ亀甲模様、同じ緑青銅板貼りのなかにあるだけで、外観デザインにリズムが生まれます。
1階部分に目を向けると、昔ながらの板張りの外壁。そして、2,3階部分は銅板貼りと、2つの素材が使われた組み合わせからは、和洋折衷な趣も感じられます。
POINT3:歴史を尊重しつつ、現代の解釈でモダンな空間に
大正時代をそのまま残した外観とは打って変わって、内観はフルリノベーションを行っています。床や壁、天井は取り外し、耐震工事も施すことで、建物に新たな息吹を。さらにIoT化を取り入れることで、鍵の施錠や照明・空調をコントロールすることができ、現代の技術をうまく融合させています。
インテリアは、100年前の建具や照明を集め、当時の姿を現代に蘇らせました。ただ、当時の建具だと高さが足りない点もあり、うまく継ぎ足すことで、現代の仕様に合わせています。踏み石には、イサム・ノグチが作品に使用をしていた伊達冠石を使用する徹底ぶり。
2階に上ると目に入るのが、壁にすっぽりとハマった桐箪笥です。
この物件を借りるにあたって家主の要望は2つでした。1つ目は銅板が貼られた外壁には手をつけないこと。2つ目がこの桐箪笥を残すこと。ただ、そのまま残すのではなく、日焼けにより色味が変わっているところを、この空間とマッチするように墨黒色に塗り、モダンな雰囲気となるようにトーンを合わせています。
およそ100年前に建てられた大正レトロな外観の趣はそのままに、内観は当時を大切にしながらモダンな空間に仕上げた「the design gallery」。新しく古民家を作ることはできませんが、当時の意匠や考え方をうまく現代の家に取り入れることはもちろん可能です。気になった方はぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。
Photography/宮前一喜 Text/中島直樹