Dolive Doliveってなに?

谷尻直子,料理家,HITOTEMA,ヒトテマ DATE 2019.07.15

食事を楽しむための住まいを“手作り”する。料理家・谷尻直子さんのクリエイティブを生み出す暮らし

完全予約制で、月に数回だけオープンするレストラン「HITOTEMA」を主宰する料理家・谷尻直子さん。4年前から家族で暮らす東京のヴィンテージマンションは、賃貸でありながら、「食を楽しむ空間に」というコンセプトを掲げてフルリノベーションを実施。こだわりのキッチンカウンターに立って、季節を感じる料理を日々生み出す谷尻直子さんに、暮らしで大切にしていることを伺いました。

谷尻直子さんプロフィール

料理家・フードプランナー。ファッションのスタイリスト、ブランドのプロデュースを経て、食の仕事を軸に活動を開始。現在は渋谷富ヶ谷で予約制レストラン「ヒトテマ」を主宰。レストラン業と、食や器に関わるプロジェクトを行っている。プライベートでは4歳の息子と建築家の夫とともに、広島と東京のデュアルライフを実践している。

「HITOTEMA」

ワンフロアの空間の中心にキッチンがあり、玄関ドアを開けてすぐにダイニング、その奥にリビング。奥にはベッドルームとワークスペースがある。 

リノベーションプランを大家さんに見せて交渉

4年前、息子さんが生まれるタイミングで、家族の生活空間を変えるために新居を探し始めた谷尻直子さんご夫婦。新居の条件に挙げたのは、交通の便がよくて動きやすいエリアであることと、リノベーションをさせてくれる物件であることの2つだったそう。

「リノベーションOKの物件と案内が出ていなくてもアタックしました。大家さんとの交渉の段階で、『間取りはこう変えて、壁はこんな色のトーンにして……』といったイメージをまとめた資料を作って、『リノベーションさせてもらえるなら、こんな空間にします』と伝えたんです」

見つけた物件は、築40年ほどのヴィンテージマンションの最上階。窓が多く、見晴らしがよい空間でした。谷尻さんは「空との距離が近くて、風が通り抜けていくのが気に入った」といいます。

「食事を楽しむ空間」をコンセプトにした住まい

もとは単身用の物件で、小さなキッチンがあるだけだった空間をどのように変えていくか———。リノベーションプランを設計したのは、夫であり、建築家の谷尻誠さんでした。 まずは夫婦で「24時間のうち、何をしているときを一番大切にしたいかな…」とお互いに質問をしあって、理想の空間のイメージを膨らませていったそう。

「私の場合、1日で一番長いのは料理を作っている時間です。家族や友人と一緒に食事をする時間がすごく楽しいですし、夫も同じ考えのようでした。そこで、キッチンが空間と一体になって、『みんなで料理や食事を楽しめる空間』をコンセプトに、リノベーションプランを考えました。

むき出しのコンクリートとキッチンのモルタル、床板の古木によって表情豊かな空間に

もう1つ決めたのは、色数や素材の数を抑えてソリッドな雰囲気にすること。布モノや壁紙は使わずに、モルタルと古木、鉄だけで空間を作りました」

キッチンカウンターの一部はテレビ台に。ソファに座って映画鑑賞をすることも多いのだとか

完成したのは、広々とした縦長のリビングダイニングに長さ5.5mものキッチンカウンターがある、まさに”キッチンが主役の空間”。モルタルを塗った土台にステンレスのシンクとコンロを設置したキッチンカウンターは、コンクリートがむき出しの壁や古木を敷いた床と馴染みつつも圧倒的な存在感を放っています。

バスルームは“完成しすぎない空間”を目指し、コンクリートのままの部分と木の温もりを感じる部分を混在させている。

一方で、理想の空間をかたちにするために諦めたこともあるそう。その1つが「少しばかりの便利さ」だといいます。 「キッチンカウンターが5m以上あると、ちょっと冷蔵庫に食材を取りに行くにしても、ぐるっとカウンターを回らないといけないことも。導線という点ではちょっと不便かもしれないなと、設計段階では正直迷いました。

 

 

でも、空間を作るうえで住みやすさは大事ですが、それ以上に、クリエイティブに生活できるかどうかを重視したいと思ったんです。ちょっと変わった空間であっても、楽しい気持ちが自然とわき上がってくる空間のほうが充実した毎日が過ごせるだろうなと」

ブルーグリーンの色がラフに重なるキッチンカウンター後ろの大きな壁は、以前は木の壁だったそう。住み始めてから1年ほど経った頃に、空間の雰囲気を変えるために家族3人で塗り替えたのだとか。ローラーで均等に塗るのではなくバッテンに塗っていくことで、絶妙なムラのある表情豊かな仕上がりに。自分たちで手を加えて住まいを変えていけるのも、リノベーションならではの楽しみの1つです。

料理を通して、目の前にいる人に喜んでもらいたい

1日の多くの時間をキッチンで過ごしているという谷尻さん。ご本人曰く、「取り付かれたように1日中何かを作っている(笑)」のだとか。谷尻さんにとって料理をすることは、季節をおいしく堪能するための方法を考えるクリエイティブな活動。脳内で想像力を働かせ、手を動かしながら、“おいしい”をカタチにしていきます。

すべて谷尻さんの自家製。金柑漬けや薬膳梅酒、手作りのコーラなど他では味わえないものばかり

「手作業をしながら『今の季節に合うものは何だろう』と考えていると、脳細胞がぐるぐると動き始めて、『冬だから喉にいい金柑漬けのリキュールを作ろうかな』とか、『リンゴがおいしい時期だから焼きリンゴを作ろうかな』とかいろいろ思いついちゃって。料理を作る行為を通して、季節を感じられるのが楽しいんです。 それに、自分で素材から厳選して手作りすることで、どんな素材をどう調理しようかなと考える楽しさもありますし、食べてくれる人に料理の素材について語ることもできるんですよね」

料理を作る谷尻さんのそばでは、いつも息子さんがキッチンをのぞきこんだり、つまみ食いをしたり(笑)。そんな息子さんに、ときには空豆の皮むきなどの“お仕事”を任せることもあるそう。料理の時間が親子のコミュニケーションの時間になっているといいます。「息子にも料理を通して、頭の中で想像することで”それまでなかったものが生まれる喜び” を伝えていきたいと思ってるんですよね」

模造紙に拾ってきた落ち葉を貼り付けて作ったミニカー用のコース。大好きなリンゴの木も添えて

部屋には、息子さんが作ったという作品が。なんと拾ってきた落ち葉でミニカー用のコースを作ったんだそう。季節を感じながら、自分で新しい遊び道具を生み出していく楽しさを息子さんもすでに知っているようです。
また、月に1回程度は休日に友人を招いて、大きなダイニングテーブルを囲んで料理を振る舞うことも。目の前にいる人に料理を食べてもらって、みんなでおいしさを共有し、喜んでもらう——そんなひとときが、谷尻さんにとってかけがえのない時間なのだといいます。

母として、料理家として、自分らしいバランスを保つ

「料理を通して人に喜んでもらいたい」という想いが育って、谷尻さんは3年前に完全予約制のレストラン「HITOTEMA」をオープン。息子さんやご主人と過ごす時間を大事にしながら、料理家としての活動にも力を注いでいるといいます。

「出産後、仕事をセーブしようと思っていたのですが、社会との接点がなくなることに不安を感じていたんです。一方で、今まで通りの仕事と育児の両立は難しいだろうなとも思っていました。 そんな中で、相変わらず友人を招いて食事を出したり、作ったご飯をSNSにアップして『いつかご飯屋さんをやってみたいな』とつぶやいたりしていて……

その様子を見ていた夫が『協力するからお店をやってみたら? ちょうどいい物件を見つけたから』と言ってくれたんです。それなら……と、” 現代のお袋料理 ”をテーマにしたレストランを始めることにしました」

コカの実を使って手作りしたコーラ。無添加で甘すぎない味わいが、食事を食べに来るお客さまにも好評なのだそう

朝、息子さんを保育園に送り、日中はレシピの試作や食材調達などお店のオープン日に向けて準備、夕方には保育園に息子さんを迎えに行くという慌ただしい日々を過ごす谷尻さん。育児と仕事をどのように両立しているのかと聞いてみると、「目の前にいる人に喜んでもらうことに集中する」という答えが。

「朝と晩は息子をどう喜ばせるかを意識して、お店を開くときは来てくださったお客様に満足してもらうことだけを考えます。最初の頃は息子といるときに仕事のことが頭をよぎることもあったのですが、切り分けができるようになってからは、自分の中でモヤモヤした気持ちがなくなって、その時々を楽しめるようになりました」 育児と仕事をほどよいバランスで取り組むために、谷尻さんは1人でリラックスする時間も大切にしているそう。

「息子が寝たあとにソファでワインを飲みながら、映画を観たり、本を読んだりすることもあります。まとまった時間が取れないときは、キッチンで何か作業をしながらポータブルプレイヤーでDVDを見ていることも。あと、ずっと続けている日曜朝のヨガも私にとって大切な時間ですね。このときだけは夫に息子を見てもらって、リフレッシュする時間にあてています」

実は谷尻さん、この4年間の経験をふまえ、今年の秋にはキッチンスタジオを代々木上原に作る予定だそう。料理教室のように一緒に作って、一緒に食べる会を頻度を上げて開催したいと考えているそうです。「今はHITOTEMAを利用して月に一度のペースで料理教室を行っています。皆さんに共有したいことが沢山あるんです。生まれながらに“おばあちゃんの知恵袋 ”みたいな性格なんですよね」と笑う谷尻さん。

新しい空間にどんなキッチンができて、そこからどんな料理が生まれ、どんな笑顔が生まれるのか。
谷尻さんのクリエイティブな活動は、今後もさらに広がっていきそうです。