井澤 卓さんプロフィール
レタリングアーティスト。"Paint & Supply" "RELISH"というチームを結成し、GREENROOM FESTIVAL、SUMMERSONIC 、Suchmos DRIVE IN THEATER、 BROOKS BROTHERSなど多くの企業、イベントへ作品を提供。並行して2018年、株式会社and Supplyを立ち上げ、アーティストのマネージメントを行っている。
音楽フェスやオフィス、ショップなどに、文字アートを手がけている井澤 卓さん。夢であるホテル経営を、手の届く範囲で始めてみたい——。そんな想いから、築20年の中古マンションを購入し、“ゲストに貸し出すための部屋” としてリノベーションを実施。レタリングアーティストとして様々な空間を彩ってきた井澤さんに、訪れた人も自身も心地いい空間づくりの秘訣を伺いました。
レタリングアーティスト。"Paint & Supply" "RELISH"というチームを結成し、GREENROOM FESTIVAL、SUMMERSONIC 、Suchmos DRIVE IN THEATER、 BROOKS BROTHERSなど多くの企業、イベントへ作品を提供。並行して2018年、株式会社and Supplyを立ち上げ、アーティストのマネージメントを行っている。
以前は、友人と3LDKの賃貸マンションに住んでいた井澤さん。海外のホテル巡りが趣味で、オーナーの好きなものや思考が隅々まで浸透しているようなホテルに滞在するうちに、自然と「自分も、こんな風に来た人に喜んでもらえるようなホテルを作りたい」と願うようになったといいます。
そこで「手の届く範囲で始めたい」とスタートしたのが、Airbnbでした。以前の住まいでは、自宅の一室を貸し出していましたが、より本格的に取り組むべく “Airbnbに特化した部屋” として、こちらの物件を購入したのだそう。
「物件はバルコニーフックで探していました。東京のホテルを見回した時に、広いバルコニーがあるところってないじゃないですか。だからこそ、広いバルコニーがあるだけで特別感を演出できるし、東京っぽくなくて面白いかなって」
その言葉の通り、現在の住まいは渋谷にほど近い場所にあるとは思えないほど、大きな25平米のルーフバルコニー付き。「この立地で、こんな広いバルコニーのある物件はそうそう出ないだろうし……。行っとけ!」となかば勢いで、購入を決めたとか(笑)。
「ゲストルームなので、部屋を細かく分ける必要はない」と、もとは1LDKだった間取りはワンルームへ。おかげで朝ベッドから起き上がると、一直線に広いバルコニーが見通せる、気持ちのいい空間に仕上がりました。
さらに、空間ごとに明確なイメージがあった井澤さんは、デザイン案をご自身で担当することに。壁の下半分をグレーに塗装した洗面スペース、床のヘリンボーンなど、これまで宿泊したホテルからインスピレーションを得て、理想の空間を形にしていきました。
基本的には “ゲストファースト” でリノベーションをした井澤さんですが、ひとつどうしてもやりたかったことが。
「床に段差をつけたい、という衝動が抑えきれなくて(笑)。一段高い場所をベッドルームにしました。(上り下りするための)階段を使わなかったりするので、空間的には非効率かもしれないけど……。段差をつけることで空間に動きが生まれたし、適度な “こもり感” というのかな。壁で仕切らなくてもリラックスできるんですよ。夜、本を読んだり、次泊まりたい海外のホテルについて調べたり。ここで、ぼーっと過ごす時間が一番好きですね」
この “非効率” というのは、井澤さんが家づくりで大切にしているキーワードでもあります。なぜなら、非効率を追求したものや空間こそ、人の心を動かすと信じているから。
「床をヘリンボーン貼りにしたのもそれがあって。職人さんに『面倒くさいよ〜』と文句を言われながら(笑)、一枚一枚天然木を貼り合わせてもらったんですけど……。木目調のシートを選んだ方が安いし、手間もかからないし、耐久性などの機能も優れているはず。ルーフバルコニーだってそうですよね。居室にしたほうが、空間としては効率がいいわけだから。だけど効率を重視する世の中だからこそ、人は本能的に非効率な作業を追求して作られたものや空間に心が動かされるんじゃないかなと思うんです。僕がやっている文字アートも、手書きで細かい作業を行って、非効率の極み(笑)。でも、それがいいんですよね」
窓からの光が部屋中に回る、クリーンな空間で存在感を放つのが、アメリカやドイツ、スペインなどの旅先で出逢った雑貨やファブリックの数々。その間に国内外のアートやグリーンなどが顔を覗かせ、そのどれもが心地よく調和しています。これだけものがあっても、煩雑な印象にならないのは、全て慎重に吟味しているから。
「僕にとって心地いい空間とは、置いている全てのものに “理由” があること。ブランドや値段で選ぶのではなく、純粋に僕が好きだと思えるものだったり、『この絨毯は、スペインで探し回ったんだよ』などとストーリーを話せたり、ゲストに快適に過ごしてもらえるためのものだったり。空間にとって “理由があるもの” を選ぶようにしています」
聞けば、壁に自身の作品を始め、友人のアートを積極的に飾っているのもそこに “理由” があるからなのだそう。
「アートって理由があるというか、説明できるじゃないですか。どんなところに惹かれたのか?とか、これはどういう友達の作品なのか? とか。(部屋に)ストーリーを話せるものが数多くある方が、空間が生きてくると思っていて。それに、僕の好きなものが “感覚的” に伝わるんじゃないかなと思っています」
井澤さんにとって、壁はまさに自由自在に個性を表現できるキャンパス! 空間を彩るたくさんのアートは、この家の表情を豊かにしています。
住み手の好きなものや、思いがそこかしこに詰まった井澤邸には、自然と多くの人が集まってきます。
「バルコニーでバーベキューをしたり、空を見ながらわいわい食事をしたり。外で食べるというだけで、何でもごちそうになるんですよね。家飲みも週イチペースで開催しています。友人が自分の友達や仕事仲間を連れて来てくれたりして、多い時は10人くらい集まるんですけど、小上がりがいい感じにベンチ代わりになるんですよ。僕の目指すゴールは、いい空間を作ってそこに滞在する人達を幸せにすることだから。楽しそうに過ごしてくれている姿を見ると、嬉しいですね」
嬉しいといえば、この家に住むようになり、ライフスタイルに変化が生まれたこともしかり。
「以前は自宅で仕事をするのが、あまり好きではなくて。でもここはダイニングテーブルに座ると目の前が開けているので、すごく落ち着くんです。 伸びやかな空間が精神的にも余裕をもたらしてくれるというか。おかげで、家で仕事やレタリングの作業をすることが増えました。仕事中でも、ふと顔を上げるとバルコニーから差し込む光や風を感じられるので、いい気分転換になっています」
もともとはゲストを迎える前提で作ったこちらの住まいですが、住んでいる区の条例変更などの事情により、現在は貸し出しをストップされているそう。
「1泊2万円前後と強気の設定にも関わらず、予約で埋まっていたんですけど……。今回は残念だったけど、リノベーションして本当によかったなと思います。Airbnbを通しての出会いが、仕事の広がりにもなりましたね。『Lee Jeans Hongkong』の動画にレタリングアーティストとして出演させてもらったのも、担当のクリエイティブ・ディレクターがうちを利用したのがきっかけだったり。」
「今は2カ月に一度、空間作りのヒントを得るために、海外のホテルに宿泊しているのですが、どこへ行っても旅先に友人がいる感じです。そして何よりスモールビジネスとしては、十分成り立つだろうなっていう自信になりました。(ホテル経営に向けて)いろいろやりたいことはあるけど、今は新たに物件を借りたばかりなので、いかんせんお金がないっていう(笑)。体力をためて、また挑戦したいですね」
なんと「自宅以外にも、人が集える場所を作りたい」と最寄り駅の近くにある廃墟を借り、近々Barをオープンするのだそう。現在は、廃墟の壁を巨大なキャンバスとし、文字アートを手がけるなど、ワクワクが止まらない日々。 住まいは、時に住み手に自信をもたらし、前に進む力を与えてくれる——。ゲストのためにリノベーションしたこの家は、井澤さんにとって、夢と現実を結ぶドリームハウスになりました。