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クリエイター山本海人さんの、都会と真鶴を行き来する二拠点生活。-前編-

DATE 2020.01.23 ようこそ私の家へ
アパレルデザインや飲食店のプロデュースなど、多彩な才能で常にカルチャーシーンを牽引し続ける山本さん。2019年に真鶴に住まいを移した後は、東京を仕事の拠点にしたまま、ますます精力的に活動を続ける。なぜ今、移住を決めたのか。ビジネス哲学や将来への展望を伺いながら、山本さんの「今」にクローズする。
山本海人さん

アメリカ生活での経験を活かし、都会の真ん中にスケートプールを敷地内に設けたトレーラーハウスのオーナーとして注目を浴びる。アパレルブランド「SON OF THE CHEESE」のデザインをはじめ、サンドイッチ店「BUY ME STAND」、蕎麦バー「Sober」の立ち上げなど、多方面で活躍。
SONOFTHECHEESE
BUY ME STAND

帰国後は自分に合うさまざまな仕事にチャレンジ

アパレルのデザインや飲食店のプロデュースなど、多方面でその才能を発揮する山本さん。しかし、今現在の活躍にたどり着くまでには、さまざまな仕事を経験してきたのだそう。

「アメリカから帰国してすぐはドーナツプラントですね。ドーナツ焼いてたんですよ。その後企画会社で働いて、そこで"仕事する"ってことの基本をいろいろ学びましたね。それから、目黒でトレーラーハウスに住み始めて、カメラマンと仲良くなって、今度撮影で使わせてよって話になり・・・・・・。その縁で貸しスタジオをするようになってからは、遊びに来る友達も変わったかな。いろいろやったのは飽きっぽい性格もあるんですけど、自分に合った仕事を探してた感じですね。でも、衣装作りとかアパレルの仕事は、最初からずっと平行して続けてます」

実際に住んでいた目黒のトレーラーハウス。 開いた土地にプールを作り、友人と集まる憩いの場にもなっていた。

仕事の根底にあるのは“デザインする”ということ

「本当は、サンドイッチ屋をずっとしたかったんです。アメリカの店みたいに、サンドイッチを売ってる横で、グッズとかアパレルを売りたかった。だから、順番は逆になったんですけど、今のこの流れは自然な流れかなと思ってます」

アパレルと飲食。山本さんが携わるこのふたつの業界も、一見別のように見えて、実はちゃんと根っこで繋がっているのだそう。

「洋服もサンドイッチ屋も、やってることはぜんぶデザインだと思っていて。机を持ってきて置くだけでもデザインなんです。0〜1を作り上げて、あとはスタッフが残りの2〜10を作っていってくれる。お店って、美味しくてスタッフの感じがいいってだけでお客さんが来てくれるじゃないですか」

最終的なゴールは、自分がホテルにタダで住むこと

「仕事で目指してるゴールは、『衣食住』のコンプリート。次やるなら、ホテルかなって思ってます。今はみんな家からあまり出たがらないから、『衣』はもう重要じゃなくなってきてるのかもなって気がしていて。自分の店の服を着て、自分の店で食事して、自分のホテルに住んだら、お金を何に遣うんだろうって感じじゃないですか」

生活が切り替わるタイミングで2拠点に

2拠点生活を決めたきっかけは、東京の自宅の家具をぜんぶリセットしたこと。

「東京では、家具をぜんぶ売っぱらってしばらくSOHOみたいな家に住んでました。高い家賃払って、食事はUberとかで頼んでって、ちょっとヤバいじゃないっすか(笑) だから、心機一転新しく住む家を探してて。でも犬2匹いるってなかなかハードル高いんですよ。で、地方で探そうかなって思ったのがきっかけですね。東京にいても、夜に出歩かなかったらやることないし」

「飲み歩く生活してて気づいたのが、夜中の12時過ぎるとロクなこと起きないってこと。先に帰ったほうが負けだっていう、そういうシチュエーションになってくるじゃないすか。そこから仕事に発展することはほとんどない気がして。だから、仕事終わってディナー食べながら話して、22時頃に帰るくらいが有意義かな、と」

一方で、真鶴への移住を周囲にアナウンスしたことへの少しの後悔も。

「引っ越したことを大々的に言ったのはちょっと失敗だったかなと。人と疎遠になるんですよ。どうせ来ねえだろうなって思われて。移住したことを言わなかったら、今までと変わらないから、意外とみんな気づかないんですよ。だから、言わないほうが正解でしたね(笑)」

仕事をしない人生なんて牢屋にいるのと同じ

真鶴に自宅を構え、東京でビジネスをする。環境が異なる2エリアを行き来する生活とはいえ、仕事のオンオフが自然に切り替わるわけではない。

「仕事と私生活は切り分けてなくて、ずっとオンですね。こっちでも仕事のことは考えます。真鶴でなにか飲食店をやろうかなとか、セレクトショップをやったりしたらファッション関係の人たちが気軽に遊びに来られるんじゃないかなとか。そしたら町おこしにもなるし」

趣味や遊びの時間を充実させながらも、そこで得た気づきやアイデアを仕事に活かせないかと考える。山本さんのオンとオフの境目は、限りなく曖昧だ。

「だって仕事してないとヒマじゃないですか。だからずっと考えてる。何もしてないと、真鶴も景色のいい牢屋と変わらなくなる。それは場所が違っても同じで、東京だと人の目の牢屋なんですけどね」

東京と真鶴の理想的な生活バランスは5:5

車で1時間10分ほどの距離とはいえ、ビジネスを続けるうえで不自由はないのかを問うと、最近初めて壁にぶつかることがあったという。

「たぶん洋服だけの仕事だったら余裕でコントロールできるんですけど、飲食のスタッフが難しいですね。たまにしか行かないと、スタッフの気が緩んでしまったり。このままじゃダメだと思って、半分東京で半分真鶴かなと。今はどっちか片っぽだけの生活だと、バランスが合わないですね」

理想的なバランスに近づけるためにも、仕事の拠点を都内で新しく探す予定なのだとか。とはいえ、基本的にそれ以外の部分でのやりづらさはまったく感じないとも語る。

「大事なのは、こっちからでも続ける努力をするってことですね。みんな移住するのに、ぜんぶ捨ててくるじゃないですか。それは絶対止めたほうがいいと思う。戻りたいと思っても戻れなくなったりするし、移住してから居場所を新しく見つけるのは結構大変ですよ」

今の自分がいるべき場所を冷静に見極め、ビジネスでの「守り」の姿勢を崩さないようにする一方で、自然の恩恵を受けてチャージしたパワーを糧に、「攻め」ることも決して忘れない。東京と真鶴、ちょうど良い距離感でビジネスを行うことによって、攻守のバランスがとれた手腕を一層発揮できるのかもしれない。
後編では、山本さんのプライベートにフィーチャーして、今夢中になっていることや交友関係など、真鶴でのライフスタイルについて話を伺う。
 

後編はこちらから

photograph/原田数正 text/白﨑寛子